- 毎年4月19日は、一部のサブカルチャーなどで「自転車の日(Bicycle Day)」と呼ばれる、少し変わった非公式な記念日です。
- これは、スイスの化学者アルバート・ホフマン博士が、1943年の今日、4月19日に、自身が合成した非常に強力な幻覚剤LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)を、その効果を確かめるために意図的に自ら服用した出来事に由来します。
- LSDの効果が急激に現れ始めた後、ホフマン博士は研究室から自転車に乗って帰宅しました。その道中、彼は視界が歪んだり、時間が引き伸ばされたように感じたりする、強烈で奇妙な精神状態を体験しました。このエピソードから、この日は「自転車の日」と呼ばれるようになりました。
- LSDは極めて強力な作用を持つ薬物であり、その使用は日本の法律(麻薬及び向精神薬取締法)を含む多くの国で厳しく規制されています。この記念日は、あくまで科学史上の出来事とその文化的影響を振り返るものであり、薬物使用を推奨・肯定するものでは決してありません。
今日、4月19日は、世界の一部のコミュニティで「自転車の日(Bicycle Day)」として知られている日です。爽やかなサイクリングを奨励する日…かと思いきや、その由来はもっと奇妙で、科学史とサブカルチャーの交差点にある、ある化学者の驚くべき体験に基づいています。
その化学者とは、アルバート・ホフマン博士。そして、彼が体験したのは、自身が合成した強力な化学物質、LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)の衝撃的な効果でした。今回は、LSD発見の物語と、「自転車の日」と呼ばれることになった1943年のこの日の出来事を、歴史的な事実として振り返ってみましょう。
LSDは非常に強力な幻覚作用を持つ化学物質であり、その製造、所持、使用は日本の麻薬及び向精神薬取締法によって固く禁じられています。本記事は、科学史・文化史上の出来事を紹介するものであり、LSDの使用を推奨したり、肯定したりする意図は全くありません。安易な興味や使用は極めて危険であり、法にも触れます。
偶然の発見から自己実験へ

出典:wikimedia commons
物語の中心人物は、スイスの大手製薬会社サンド社(Sandoz、現在はノバルティスの一部)に勤務していた化学研究者、アルバート・ホフマン博士(Albert Hofmann, 1906-2008)です。彼は当時、ライ麦などに寄生する麦角菌(ばっかくきん)というカビの一種に含まれるアルカロイドと呼ばれる成分を研究していました。その目的は、血行促進や呼吸興奮などの作用を持つ、新しい医薬品を開発することでした。
1938年、ホフマン博士は研究の過程で、様々なリゼルグ酸誘導体を合成する中、25番目の化合物として「リゼルグ酸ジエチルアミド(Lysergic acid diethylamide)」を作り出しました。これが後に「LSD-25」と呼ばれることになる物質です。しかし、当時の動物実験では特に注目すべき薬理効果が見られなかったため、LSD-25の研究は一旦、棚上げにされていました。
それから5年後の1943年。ホフマン博士は、LSD-25について何か重要なことを見落としているかもしれないという直感から、この物質をもう一度合成してみることにしました。そして、1943年4月16日の金曜日、彼は研究室でLSD-25の再合成作業を行いました。
作業を終えて帰宅する途中、彼は奇妙な感覚に襲われます。軽いめまいを感じ、落ち着かない気分になり、目を閉じると、万華鏡を覗いているかのように、次から次へと色彩豊かで幻想的なイメージが頭の中に現れるのです。彼は、作業中にごく微量のLSD-25が、手袋の小さな穴から皮膚を通して吸収されたか、あるいは気づかないうちに指先から口に入ってしまったのではないか、と推測しました。この不思議な状態は数時間で自然に治まりましたが、ホフマン博士は、このLSD-25という物質が、信じられないほど微量で、人間の精神状態に強烈な影響を与える可能性があることを発見したのです。
運命の自己実験と「自転車での帰宅」(1943年4月19日)
3日前の金曜日に体験した、あの奇妙で強烈な精神状態の原因を突き止めるため、ホフマン博士は、自らの身体を使ってLSD-25の効果を意図的に確かめるという、科学者としての探求心に基づいた(しかし、現代の倫理基準から見れば極めて無謀とも言える)自己実験を行うことを決断しました。
そして、1943年の今日、4月19日の月曜日。午後4時20分、ホフマン博士は、助手の見守る中、研究室で、彼自身が「ごくごく微量」であろうと推測した250マイクログラム(マイクログラムは100万分の1グラム)のLSD-25を水に溶かして飲み込みました。彼は、当時知られていた他の麦角アルカロイドの有効量(ミリグラム単位)から考えて、この量は安全だろうと判断しましたが、LSDが持つ精神作用の強度は、彼の予想を遥かに、桁違いに超えるものだったのです。
摂取してから約40分ほど経った頃、ホフマン博士は急激な変化を感じ始めました。強いめまい、視覚の歪み、不安感、体の麻痺感覚、そして理由もなく笑いがこみ上げてくる…など、明らかに異常な精神状態に陥っていきました。実験ノートにまともな記録を続けることも困難になった彼は、実験の中止を決意し、助手に付き添ってもらって自宅へ帰ることにしました。
しかし、当時は第二次世界大戦の真っ只中。スイスでもガソリンの使用は厳しく制限されており、彼らがすぐに利用できる移動手段は自転車しかありませんでした。
そして、ホフマン博士は、LSDの強烈な効果がまさにピークを迎えようとする中で、自転車に乗ってバーゼルの街を走り、自宅へと向かったのです。この、LSDによる非日常的な精神状態下での自転車での帰宅という、数キロメートルの道のりが、後に「自転車の日(Bicycle Day)」という名前の由来となる、忘れられない、そして非常に奇妙で強烈な原体験となりました。
彼は後に、この時の感覚を詳細に記録しています。
… 少しずつ、閉じた目の奥に残る、かつてない色彩と形の戯れを楽しむようになった。万華鏡のように幻想的なイメージが次々と押し寄せ、交互に、多彩に、円や螺旋を描いて開いたり閉じたり、色とりどりの噴水のように爆発したり、絶え間なく変化しながら、自らを再構成し、交錯させていた …
時間や空間の感覚も歪み、普段なら短い距離のはずが、永遠に続くかのように感じられたそうです。
強烈な幻覚体験と「自転車の日」の誕生
なんとか自宅にたどり着いたホフマン博士を待っていたのは、さらなるLSDの強烈な作用でした。部屋の中に入ると、見慣れたはずの家具がグロテスクで脅迫的な形に変化し、動き回っているように見えました。隣に住んでいる親切なはずの女性が、訪ねてきたときには、邪悪で狡猾な魔女のような顔に見えたといいます。
彼は、「自分は完全におかしくなってしまったのではないか」「このまま死んでしまうのではないか」という強い恐怖感とパニック(いわゆる「バッドトリップ」に近い状態)に襲われました。助手が呼んだ医師が往診に来ましたが、脈拍が少し遅くなっている以外、身体的な異常は全く見つかりませんでした。しかし、ホフマン博士の精神状態が尋常でないことは明らかでした。
一方で、この恐怖体験と同時に、彼は目を閉じると現れる、万華鏡のように変化し続ける、信じられないほど色彩豊かで美しい幾何学模様や、幻想的なイメージの奔流も体験していました。LSDがもたらす体験は、恐怖と驚異が混ざり合った、非常に強烈なものだったのです。
摂取から数時間が経過すると、LSDの嵐のような効果は次第に収まり始め、彼は徐々に落ち着きを取り戻しました。翌朝、目覚めた時には身体的な疲労感はあったものの、精神的にはほぼ回復していました。しかし、周囲の世界がいつもより新鮮で、色彩が鮮やかに輝いて見えるような、感覚の鋭敏さはしばらく続いたといいます。
この1943年4月19日にアルバート・ホフマン博士が行ったLSDの自己実験、とりわけLSDの強烈な影響下で自転車に乗って帰宅したという、ドラマチックで少しコミカルでもあるエピソードは、LSDという驚異的な(そして危険な)化学物質の発見と、それが人間の精神に及ぼす計り知れない影響を象徴する出来事として、後世に語り継がれることになりました。
その後、1960年代のアメリカ西海岸を中心に巻き起こったヒッピー・ムーブメントなどのカウンターカルチャー(対抗文化)の中で、LSDは意識の解放や変容をもたらす(とされる)「サイケデリック(精神展開的な)」ドラッグとして注目を集めます。(同時に、その乱用による精神的な問題や社会的な混乱も引き起こし、世界各国で厳しい法規制の対象となっていきました。)
こうした文化的な背景の中で、一部の人々の間で、アルバート・ホフマンがLSDの効果を初めて意図的に体験したこの4月19日を、「自転車の日(Bicycle Day)」と呼び、LSDの発見とホフマン博士の(意図せざる)「世界初のLSDトリップ」を記念する、非公式な「祝日」として祝う習慣が生まれました。記録によれば、最初の「自転車の日」の祝賀イベントは、1985年にアメリカ・イリノイ州の大学教授トーマス・B・ロバーツ氏によって提唱され、開催されたとされています。
現在でも、世界各地のサイケデリック文化に関心を持つコミュニティなどでは、この日に講演会やアート展示、音楽イベントを開催したり、あるいはシンプルに仲間たちと自転車に乗ったりして、「自転車の日」を記念する動きが見られます。
まとめ:科学史と文化に残る奇妙な一日
1943年の今日、4月19日。スイスの化学者アルバート・ホフマン博士が体験した、LSDとの衝撃的な出会いと、それに続く自転車での奇妙な帰宅。それは、科学の歴史においては、極めて微量で強力な向精神作用を持つ化学物質が発見された重要な一日であり、同時に、その後のカウンターカルチャーやサイケデリック・ムーブメントに大きな影響を与えることになる、忘れられない一日となりました。
「自転車の日」は、科学的な発見が持つ偶然性や意外性、人間の精神世界の奥深さ、そして化学物質というものが、時に社会や文化にまで波及効果を持ちうるという事実について、私たちに考えさせてくれる、ユニークで少し不思議な記念日と言えるかもしれません。
LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)は、非常に強力な幻覚作用を持ち、精神に深刻な影響を与える可能性があるため、日本の麻薬及び向精神薬取締法をはじめ、世界の多くの国々で、その製造・所持・使用は法律によって厳しく禁止・規制されています。精神医療などへの応用可能性に関する科学的な研究も一部で行われてはいますが、一般の人が安易な好奇心から使用することは絶対に避けるべきです。
本記事は、あくまで歴史上の出来事とその文化的背景を紹介することを目的としており、LSDの使用を容認したり、推奨したりする意図は全くありません。
※英語版のみ(本記事執筆時点)





コメント