- スチーフンイワサザイは、かつてニュージーランドのスティーブンズ島という小さな島だけに生息していた、飛べない小鳥です。スズメよりも小さいくらいの大きさでした。
- 1894年に、この島に新しく赴任した灯台守が連れてきた飼い猫「ティブルス」が、この未知の鳥を捕まえてきたことから、その存在が西洋科学界に初めて知られました。
- しかし、この「発見」は同時に「絶滅の始まり」でもありました。島にはもともと猫のような捕食者がいなかったため、飛べないスチーフンイワサザイは猫にとって格好の獲物でした。
- 結局、ティブルスを含む島に持ち込まれた複数の猫たちによって、スチーフンイワサザイは発見からわずか1~2年後の1895年頃には完全に絶滅してしまったと考えられています。「一匹の猫が種を絶滅させた」という、非常に衝撃的で象徴的なエピソードとして世界に知られています。
- この悲劇は、外来種(特に捕食者)の持ち込みが、孤立した島の固有の生態系にいかに壊滅的な影響を与えるかを示す、痛ましい教訓となっています。
地球上には、私たち人間がその存在を知る前にひっそりと姿を消してしまったり、あるいは発見されてからほんのわずかな期間で、あっという間に絶滅してしまったりした、悲しい運命を辿った生き物たちがいます。
ニュージーランドの海に浮かぶ小さな島にかつて生息していた、とても小さな鳥、「スチーフンイワサザイ」もまた、そんなはかなくも劇的な運命を辿った種の一つです。
そして、この鳥の絶滅を語る上で、必ずと言っていいほど登場するのが、なんと「一匹の猫」の存在です。猫が発見し、そして猫が滅ぼしたとも言われる、この世界で最も短期間で絶滅した鳥の一つとされるスチーフンイワサザイ。その驚くべき発見の経緯と、あまりにもあっけない最期の物語、そしてそれが私たちに教えてくれる教訓について、ご紹介します。
スティーブンズ島の小さな住人:スチーフンイワサザイとは?

スチーフンイワサザイ(学名:Traversia lyalli)は、スズメやミソサザイなどに近い仲間の、非常に小さな鳥でした。その大きさは、全長が約10センチメートルほど、体重もわずか20グラム程度と推定されており、私たちの身近にいるスズメよりもさらに小さいくらいでした。羽の色はオリーブがかった茶色で、目の上には黄色っぽい眉のような模様があったと言われています。
彼らが唯一のすみかとしていたのは、ニュージーランドの南島と北島を隔てるクック海峡にポツンと浮かぶ、スティーブンズ島(Stephens Island / 現地マオリ名:Takapourewa)という、面積がわずか1.5平方キロメートル(東京ディズニーランド約3個分)ほどの、非常に小さな、そして海によって本土から孤立した島でした。まさに、この島だけの「固有種」だったのです。
そして、スチーフンイワサザイの最も際立った特徴は、鳥でありながら「飛ぶことができなかった」ということです。彼らの翼は小さく退化しており、長距離を飛翔する能力を失っていました。その代わりに、地上をちょこまかと素早く歩き回ったり、低い岩場や茂みの中をピョンピョンと移動したりして生活していたと考えられています。おそらく夜行性で、昆虫やクモなどの小さな無脊椎動物を捕らえて食べていたのだろう、と推測されています。
ニュージーランドには、キーウィやカカポ、タカヘといった、他にも多くの有名な「飛べない鳥」たちが生息していますが、スチーフンイワサザイは、その中でも特に小さく、知られている限り世界で最も小さな「飛べない鳴禽類(めいきんるい=スズメのような歌う鳥の仲間)」の一つでした。
発見、そしてあっけない絶滅へ:灯台守の猫「ティブルス」の伝説
このユニークで貴重な小鳥、スチーフンイワサザイが、ヨーロッパの科学の世界に初めてその存在を知られることになったのは、19世紀も終わりの頃、1894年のことでした。
灯台の建設と猫の到来
その年、スティーブンズ島には、航海の安全を守るための新しい灯台が建設され、数人の灯台守とその家族が、ニュージーランド本土から移り住んでくることになりました。その灯台守の一人であったデイヴィッド・ライアル(David Lyall)氏(彼の名前が、後にこの鳥の英名 Lyall’s Wren や、学名の一部 lyalli に使われることになります)が、島での寂しい生活の慰めのためか、一匹の猫を島に連れてきました。その猫の名前は「ティブルス(Tibbles)」であった、と伝えられています。
※ただし、このティブルスが島に来た時にすでに妊娠しており、島で子猫が増えたという説や、あるいはライアル氏以外の灯台守もそれぞれ猫を飼っていて、複数の猫がほぼ同時に島に持ち込まれたという説もあり、必ずしもティブルス「一匹」だけが原因だったわけではない、というのが現在の一般的な見解です。
新種の発見者は…猫!?
そして、ある日のこと。この猫ティブルスが、口に小さな鳥をくわえて、飼い主であるライアル氏の元へ得意げに持ってきたのです。ライアル氏は博物学に多少の心得があり、その鳥がこれまで見たこともない、非常に珍しい種類であることに気づきました。彼は、ティブルスが捕まえてきた鳥の死骸を、大切に標本として処理し、イギリス本土にいる著名な鳥類学者であり、大富豪の動物収集家でもあったウォルター・ロスチャイルド男爵のもとへと送りました。
ロスチャイルド男爵は、送られてきた標本を詳しく調べ、これがまだ学術的に知られていない新種の鳥であることを見抜きました。そして、1894年の末(または1895年の初め)に、この鳥を「スチーフンイワサザイ」として、科学雑誌に正式に発表しました。
しかし、それは絶滅の報せでもあった…
この「新種の発見」という、本来であれば喜ばしいはずのニュースは、しかし、スチーフンイワサザイにとっては、同時に「絶滅へのカウントダウンが始まった」ことを意味していました。いや、もしかしたら、科学界がその存在を認識した時には、すでに手遅れの状態だったのかもしれません。
スティーブンズ島のような、本土から遠く隔絶された海洋島には、もともと陸上で暮らす哺乳類の捕食者(例えば、ネコ科動物、イタチ科動物、ネズミなど)が存在しませんでした。そのため、スチーフンイワサザイのような飛べない鳥たちは、地上で比較的安全に、天敵を恐れることなく暮らすことができていたのです。
ところが、そこに人間と共に、猫という、非常に狩猟能力の高い、小動物にとっては恐るべきハンター(外来の捕食者)が持ち込まれてしまいました。飛ぶことができず、地上をちょこまかと動き回る、小さくて無防備なスチーフンイワサザイは、猫にとって格好の、そしてあまりにも簡単に捕まえることができる獲物でした。
伝説によれば、灯台守の猫ティブルスは、その後も次から次へとスチーフンイワサザイを捕まえてきては、飼い主であるライアル氏の足元に「プレゼント」として置いていった、と言われています。ライアル氏が博物館などに送ることができた十数体の標本も、そのほとんどが、このティブルス(あるいは他の猫たち)が捕獲したものだったのです。
そして、あまりにも悲劇的なことに、そして信じられないほどの速さで、事態は終局を迎えます。科学界がこの新種の小鳥の存在を公式に認識し、その学術的な価値や希少性に気づいた時には、すでに手遅れでした。島に持ち込まれた猫たちによって、スチーフンイワサザイは、発見からわずか1年か2年後の1895年頃には、完全に地球上から姿を消してしまったと考えられているのです。
灯台守の飼い猫ティブルスという、たった一匹の猫が、一つの鳥の種を発見し、そして絶滅させてしまった
――この、あまりにも衝撃的で、そして皮肉に満ちたエピソードは、瞬く間に世界中に広まり、スチーフンイワサザイは「一匹の猫によって絶滅させられた鳥」として、非常に有名になりました。
逸話の真相と、私たちへの重い教訓:外来種の脅威
「ティブルスという一匹の猫が、新種の鳥を発見し、そしてその種をたった一匹で絶滅に追い込んだ」という物語は、そのドラマチックさと分かりやすさから、長年にわたり、多くの本や記事で語り継がれてきました。ティブルスは「世界で最も多くの(あるいは唯一の)種を絶滅させた猫」として、不名誉なギネス記録に載っている、という話さえあります。
しかし、その後の研究や、当時の記録の再検討によって、この広く知られた逸話の細部については、いくつかの異なる見解や、より正確な状況が明らかになってきています。
最近の研究では、スチーフンイワサザイを絶滅させたのは、ティブルスという特定の一匹の猫だけではなかった、というのがより正確な理解とされています。
実際には、灯台の建設作業員たちが島に来た際にすでに猫が持ち込まれていた可能性や、ライアル氏以外の他の灯台守たちもそれぞれ猫を飼っていて、島には最初から複数の猫が存在していた可能性が高いと考えられています。あるいは、ティブルスが島で子猫を産んで繁殖し、短期間のうちに猫の数が増えた、ということも考えられます。
つまり、ティブルスという個猫が全ての原因だったのではなく、スティーブンズ島という閉鎖された環境に、人間によって持ち込まれてしまった「複数の猫たち」という外来の捕食者集団が、スチーフンイワサザイを絶滅に追い込んだ、というのが、より事実に近い状況のようです。
猫が鳥を捕まえてきたことが、その存在が科学界に知られる直接のきっかけになったのは事実かもしれません。しかし、それ以前に、灯台の建設作業員や、灯台守たちが、島で奇妙な小鳥の姿を目撃していた可能性も指摘されています。
とはいえ、これらの詳細な議論があったとしても、スチーフンイワサザイという固有の鳥が、人間によってスティーブンズ島に持ち込まれた外来種である猫によって、極めて短い期間のうちに完全に絶滅させられてしまった、という根本的な悲劇の事実は揺らぎません。
そして、スチーフンイワサザイのこのあまりにも早すぎる絶滅は、私たち人類に対して、非常に重要で、そして痛ましい教訓を教えてくれます。それは、
外来種(特に、その島にもともといなかった捕食者)の不用意な持ち込みが、長い時間をかけて独自の進化を遂げてきた、孤立した島々のユニークで脆弱(ぜいじゃく)な生態系や、そこにしかいない固有種に対して、いかに壊滅的で、取り返しのつかない影響を与えうるか
ということです。
ニュージーランドのような海洋島では、もともと陸上に住む哺乳類の捕食者がほとんど、あるいは全く存在しなかったため、多くの鳥類が飛ぶ能力を失ったり、地上で巣を作って繁殖したりするように進化してきました(天敵がいないので、飛ぶ必要がなかったのです)。スチーフンイワサザイも、まさにその典型でした。そこに、人間が、ペットとして、あるいはネズミ退治のためなどといった理由で、猫やネズミ、イタチ、オコジョといった動物たちを持ち込んでしまうと、これらの「飛べない鳥」や、地上で無防備に暮らす生き物たちは、全く抵抗するすべを持たず、あっという間に捕食され、絶滅の危機に瀕してしまうのです。ニュージーランドでは、スチーフンイワサザイ以外にも、多くの固有の鳥たちが、人間が持ち込んだ外来種によって絶滅したり、絶滅の危機に追いやられたりしてきました。
スチーフンイワサザイの悲劇的な絶滅は、このような外来種問題の深刻さと、生物多様性を守ることの重要性を、世界に強く訴えかける、最も象徴的で、そして最も悲しい出来事の一つとして、環境保護の歴史の中で語り継がれています。
幻の小鳥が私たちに残したもの
発見されてから、わずか1年か2年という、瞬くような速さで絶滅してしまったスチーフンイワサザイ。そのため、その詳しい生態(どのように暮らし、何を食べていたのかなど)については、残念ながらほとんどわかっていません。夜行性で、地面を歩き回りながら昆虫やクモなどを捕食し、岩の隙間や茂みの中に巣を作って子育てをしていたのではないか…などと、断片的な情報から推測されているだけです。その鳴き声さえも、記録には残っていません。
現在、この幻の小鳥、スチーフンイワサザイの姿を私たちに伝えてくれるものは、世界各地の博物館(ロンドン自然史博物館、ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワなど)に大切に保管されている、わずか十数体(15体程度と言われています)の剥製(はくせい)や骨格標本だけです。これらの貴重な標本は、皮肉にも、絶滅の原因となった猫たちが捕獲したものや、その絶滅が確認される直前に、わずかな数の科学者や収集家によって収集されたものなのです。
この小さな、飛べない鳥の物語は、私たち人間の活動が、時に意図せずに、しかし取り返しのつかない形で、他の生命や自然界にどれほど大きな影響を与えてしまうことがあるのか、そして一度失われてしまった生命は、二度とこの地球上に戻ってくることはないのだ、という、厳粛で重い事実を、改めて私たちに思い起こさせてくれます。
まとめ:猫に食べられた? 悲運の小鳥、スチーフンイワサザイの物語
ニュージーランドの北、クック海峡に浮かぶ小さな孤島、スティーブンズ島。そこにだけひっそりと生息していた、飛ぶことを忘れた小さな鳥、スチーフンイワサザイ。
1894年に、灯台守が連れてきた一匹の猫「ティブルス」が、この未知の鳥を捕まえたことから、その存在が初めて科学の世界に知られることになりました。しかし、それは輝かしい新種の発見であると同時に、あまりにも悲しい絶滅への序章でもありました。
島にもともといなかった天敵、猫の出現によって、スチーフンイワサザイは、発見からわずか1~2年という、信じられないほどの短期間で、全ての個体が食べ尽くされ、完全に絶滅してしまいました。「灯台守の猫ティブルスが発見し、そして(仲間たちと共に)絶滅させた鳥」として、その名は世界中に知れ渡りました。
このスチーフンイワサザイの悲劇は、人間が不用意に持ち込んだ外来種が、島の固有の、そして無防備な生態系に対して、いかに壊滅的な影響を与えうるかを示す、最も痛ましく、そして最も象生的な教訓として、今もなお語り継がれています。
スチーフンイワサザイの物語は、私たちが自然とどう向き合い、他の多くの生命とどう共存していくべきか、そして一度失ってしまったものへの責任を、私たちはどのように考え、未来にどう生かしていくべきなのか、という、重く、そして大切な問いを、その小さな体で、静かに私たちに投げかけているのかもしれません。
※本記事では英語版も参考にしました




コメント