- グーグ・イミディル語は、オーストラリア北東部に住む先住民、グーグ・イミディル族の伝統的な言語です。
- この言語の最大の特徴は、方向を言うときに「右」や「左」を使わず、常に「北・南・東・西」といった絶対方位を用いること! 話者は常に自分がどの方角を向いているか把握しています。
- 「あなたの南の足元に虫がいるよ」のように話すため、この言語は「言葉が人の考え方(特に空間の捉え方)にどう影響するか」という研究テーマで非常に注目されています。
- 実は、英語の「カンガルー (kangaroo)」という言葉は、このグーグ・イミディル語の「gangurru」という言葉が語源となっています。
- 残念ながら、グーグ・イミディル語は話者が減少し、消滅の危機に瀕している言語の一つです。
世界には、私たちの想像を超えるような、ユニークで多様な言語が存在します。その中でも、オーストラリアの先住民アボリジニが話す言語の一つ、「グーグ・イミディル語」は、特に私たちの「常識」を揺さぶる驚くべき特徴を持っています。なんとこの言語、日常会話で「右」や「左」という言葉をほとんど使わないというのです!一体どういうことなのでしょうか?
グーグ・イミディル語とは?
グーグ・イミディル語は、オーストラリア大陸の北東部、クイーンズランド州にある現在のクックタウン周辺地域に、古くから暮らしてきたアボリジニの一部族、グーグ・イミディル族の人々の言語です。オーストラリアの先住民言語の多くが属する「パマ・ニュンガン語族」という大きなグループの一つに分類されています。
しかし、他の多くの先住民言語が直面しているのと同じく、グーグ・イミディル語もまた、話者の高齢化や英語への移行などにより、その話者数を減らし続けています。若い世代への言語の継承が大きな課題となっており、言語学的には「危機に瀕する言語」の一つとされています。現在、言語記録の作成や教育プログラムなどを通じて、この貴重な言語と文化を守り、未来へ繋ぐための努力が行われています。
驚きの空間認識!「右・左」を使わない言語
さて、グーグ・イミディル語が言語学者たちの間で非常に有名になった理由、それは「方向の示し方」にあります。
絶対方位の世界
私たち日本語話者は、物の位置や方向を示すとき、「机の右にあるペンを取って」「もう少し前に進んでください」「後ろを振り向いて」のように、自分や相手の体の向きを基準とした「相対方位」を使いますよね。ところが、グーグ・イミディル語では、このような「右・左・前・後」といった言葉を日常的にはほとんど用いません。
常に「北・南・東・西」で会話
ではどうやって方向を示すのか? 彼らは、常に地理的な方角、つまり「絶対方位」を使うのです! 具体的には、「北 (guwa)」「南 (dunga)」「東 (g eastward)」「西 (g westward)」といった言葉を使って表現します。
例えば、「あなたの左足のところに虫がいるよ」と言いたい場合、グーグ・イミディル語では「あなたの南の足のところに虫がいるよ」(話者が北を向いている場合)のように表現します。
「そのカップを少し右にずらして」ではなく、「そのカップを少し東にずらして」(話者が北を向いている場合)といった具合です。
驚異的な方向感覚
この言語を使うためには、話者は自分が今どちらの方角を向いているのか、そして周りの物や人がどの方角にあるのかを、常に正確に把握している必要があります。たとえ家の中にいても、森の中にいても、曇りの日でも、彼らは自然に方角を認識しているのです。これは、私たちにとっては超能力のようにも思える、驚くべき感覚ですよね。
言葉が思考をつくる?:
グーグ・イミディル語のこの特徴は、「私たちが話す言語は、私たちが世界をどのように認識し、思考するかに影響を与えるのではないか」という考え方、いわゆる「言語相対論(サピア=ウォーフの仮説)」の研究において、非常に重要な事例とされています。グーグ・イミディル語を話す人々は、私たちとは異なる「空間認識」のシステムを、言語を通じて発達させているのかもしれません。普段私たちが何気なく使っている「右」や「左」といった概念も、実は言語によって形作られている部分が大きいことを示唆しています。
「カンガルー」のふるさと
実は、このグーグ・イミディル語、意外なところで私たちにも繋がっています。あのオーストラリアを象徴する動物、「カンガルー (kangaroo)」の名前の由来が、この言語にあるのです。
話は1770年に遡ります。イギリスの有名な探検家、キャプテン・ジェームズ・クックの一行が、エンデバー号での航海の途中、現在のクックタウン近くの海岸に船の修理のために上陸しました。そこで彼らは、見たこともない、大きな後ろ足で跳ねる奇妙な動物を目撃します。
クック一行が、現地にいたグーグ・イミディル族の人々に「あの動物は何という名前か?」と尋ねたところ、返ってきたのが「gangurru」という言葉でした。これは、グーグ・イミディル語で「大型の黒または灰色のカンガルー(の一種)」を指す言葉だったと考えられています。(一説には「あなたの言っていることが分からない」という意味だった、とも言われましたが、言語学的な調査により、特定のカンガルー種を指す言葉だった可能性が高いとされています。)
この「gangurru」という音を、クックたちが聞き取り記録したものが、英語の “kangaroo” となり、世界中に広まったというわけです。これは、オーストラリアの先住民言語からヨーロッパの言語へと伝わった、最も古い言葉の一つとされています。
その他の特徴と文化
グーグ・イミディル語には、絶対方位以外にも興味深い特徴があります。
- 敬避言語 (Avoidance speech)
かつては、社会的なルールとして、特定の関係にある親族(例えば、妻の母親=義母など)と直接話す際に、日常使う言葉とは異なる特別な語彙や言い回しを用いる「敬避言語(けいひげんご)」という習慣がありました。これは相手への敬意や、特定の親族間のタブーを示すための、複雑な言語文化でした(現在は使われる頻度が減っている可能性があります)。 - 音の特徴
音声学的には、鼻に響かせる音(鼻音)の種類が多いといった特徴も持っています。
まとめ:言語の多様性と未来
グーグ・イミディル語は、私たちがいかに「自分たちの常識」というフィルターを通して世界を見ているかを気づかせてくれる、非常に貴重な言語です。「右」や「左」を使わずに世界を認識し、表現する人々がいる。この事実は、人間の言語能力と認知の多様性、そしてその奥深さを示しています。
また、「カンガルー」の語源という形で、遠いオーストラリアの先住民文化が、意外な形で私たちの知識の中に息づいていることも教えてくれます。
しかし同時に、このユニークで豊かな言語が、今まさに消滅の危機にあるという現実も忘れてはなりません。一つの言語が失われることは、単に言葉が消えるだけでなく、その言語と共に育まれてきた独自の文化、知識、そして世界の見方そのものが失われることを意味します。グーグ・イミディル語の存在は、世界の言語的多様性を守ることの重要性を、私たちに強く訴えかけているのです。
※本記事では英語版も参考にしました




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