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【悲劇の海獣】仲間思いの優しさが仇に…?ステラーカイギュウ絶滅の物語

動物・生物
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この記事のざっくりまとめ
  • ステラーカイギュウは、かつて北太平洋のコマンドルスキー諸島周辺に生息していた、体長最大9メートルにもなる巨大な海牛(ジュゴンの仲間)です。
  • 1741年にロシアの探検隊によって「発見」されましたが、その豊富な肉や脂肪、丈夫な皮を目当てにした人間による乱獲がすぐに始まってしまいました。
  • 彼らは動きが遅く、人間を恐れなかったため捕まえやすかったのですが、それに加えて、傷ついた仲間がいると助けようとして集まってくるという「仲間思い」な性格が、乱獲をさらに容易にしてしまいました
  • この悲しい習性も一因となり、ステラーカイギュウは発見からわずか27年後の1768年には、完全に地球上から姿を消してしまいました。人間による乱獲の悲劇を象徴する動物として知られています。

かつて、地球の海には、私たちが想像するよりもずっと大きく、そして穏やかな「巨人」が暮らしていました。その名は「ステラーカイギュウ」。しかし、彼らの物語は、人間との出会いによって、あまりにも早く、そして悲しい結末を迎えることになります。今回は、この幻の海獣ステラーカイギュウと、その絶滅の背景にある、切なくも残酷なエピソードをご紹介します。

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発見された「海の巨人」

ステラーカイギュウが歴史の表舞台に登場したのは、1741年のこと。ロシア帝国の依頼を受けたデンマーク人探検家ヴィトゥス・ベーリング率いる探検隊が、アラスカ探検からの厳しい帰路、カムチャツカ半島とアリューシャン列島の間に位置するコマンドルスキー諸島(現在のベーリング島など)で遭難した時のことでした。

極寒の地で絶望的な状況に置かれた隊員たちの目の前に現れたのが、これまで誰も見たことのない、巨大な海棲哺乳類の群れでした。探検隊には、ドイツ出身の博物学者ゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(ステラー)が同行しており、彼はこの未知の生物を精力的に観察し、その姿形、生態について詳細な記録を残しました。後に、この功績を称え、この動物は「ステラーカイギュウ(Steller’s sea cow)と名付けられることになります。

ステラーの記録によると、このカイギュウはとてつもなく巨大でした。体長は7.5メートルから、大きなものでは9メートルに達し、体重は推定4トンから、一説には10トンを超えたとも言われています。これは、現生の近縁種であるジュゴンやマナティーとは比較にならない大きさで、シロナガスクジラなど一部のクジラ類を除けば、当時地球上で最大級の海棲哺乳類だったと考えられます。

その姿も独特で、全身は分厚く、ゴワゴワした黒い樹皮のような皮膚で覆われていました。口には歯がほとんどなく、代わりに硬い角質の板(嘴状板)があり、これで主食であるコンブなどの大きな海藻をすり潰して食べていたようです。前脚はヒレ状になっていましたが、陸上に上がることはできず、後脚は完全に退化していました。

穏やかで優しい性格、そして…

ステラーカイギュウは、発見当時、すでにコマンドルスキー諸島の沿岸という非常に限られた海域にしか生息していませんでした。(かつてはもっと広範囲に分布していたものが、気候変動や先住民による狩猟によって、この地に追い詰められていたと考えられています。)

彼らは浅い海のケルプ(大型海藻)の森で暮らし、非常に穏やかな性質だったと伝えられています。動きはゆっくりとしており、人間に対する警戒心もほとんど持ち合わせていませんでした。潜水能力も低く、海面に背中を出しながら、のんびりと海藻を食べている姿がよく見られたようです。

そして、ステラーの観察記録からうかがえるのが、彼らの強い社会性と仲間意識です。一夫一婦、あるいはそれに近い形でペアを作り、家族単位と思われる群れで行動していたと考えられています。特に、仲間に対する強い愛情や連帯感は、後に彼らの運命を悲劇的なものにする一因となってしまいました。

悲劇の始まり:人間との出会い

遭難したベーリング探検隊にとって、ステラーカイギュウはまさに天からの恵みでした。彼らは生き延びるため、この巨大でおとなしい動物を捕獲し、食料としました。その肉は牛肉に似て美味しく、大量の脂肪は燃料や灯りとなり、分厚く丈夫な皮は衣類や船の修理などに役立ったのです。

探検隊が苦難の末に生還し、ステラーカイギュウの存在と、その計り知れない利用価値がヨーロッパに伝わると、事態は急速に悪化します。当時、北太平洋ではラッコの毛皮が高値で取引されており、一攫千金を狙う多くの猟船がアリューシャン列島やアラスカ沿岸を目指していました。彼らにとって、コマンドルスキー諸島は航海の中継地点であり、ステラーカイギュウは容易に手に入る豊富な食料、そして脂肪や皮という副収入源として、格好の標的となったのです。

仲間思いがあだに…絶滅への道

ステラーカイギュウの乱獲は、驚くほど簡単なことでした。彼らは浅瀬に生息し、動きが鈍く、人間を恐れなかったため、小さなボートから近づき、銛(もり)を打ち込むだけで捕獲できたのです。

しかし、彼らの絶滅を決定的に早めた要因の一つに、彼ら自身の「仲間を思う心」がありました。ここが、ステラーカイギュウの物語で最も悲しく、胸が痛むところです。

ステラーの記録には、次のような痛ましい記述があります。銛を打ち込まれて傷ついた仲間がいると、他のカイギュウたちは、その仲間を見捨てて逃げるどころか、まるで助けようとするかのように、傷ついた個体の周りに集まってくるのです。あるものは、傷ついた仲間に寄り添い、またあるものは、体に刺さった銛を押し出そうとしたり、銛につながるロープを尾で叩き切ろうとしたりした、と。

特に、メスが傷つけられた時のオスの行動は献身的で、メスが死んで陸に引き上げられた後も、オスは何日もその周りを離れようとしなかった、とも記されています。

この深く、そして哀れな仲間への愛情、仲間を見捨てられないという習性が、猟師たちにとっては、カイギュウを一網打尽にする絶好の機会を与えてしまいました。傷ついた一頭の周りに集まってきた仲間たちを、次から次へと、効率よく殺戮することができてしまったのです。 彼らの優しさが、皮肉にも自らの種を滅びへと導く手助けをしてしまったとは、なんという悲劇でしょうか。

あっけない最期:発見からわずか27年

もともと生息数が少なく、限られた地域にしかいなかったステラーカイギュウにとって、この無慈悲な乱獲は致命的でした。繁殖力も低かったと考えられており、数を回復する間もなく、個体数は驚くべき速さで減少していきました。

そして、ゲオルク・シュテラーによってその存在が初めて学術的に記録されてから、わずか27年後の1768年。ベーリング島を訪れた探検家マルティン・ザウアーの報告を最後に、ステラーカイギュウの確実な目撃情報は途絶えます。この年、あるいはその直後に、最後の個体が殺され、ステラーカイギュウは地球上から完全に姿を消したと考えられています。

学術的な「発見」から、人間の手による「絶滅」まで、わずか四半世紀余り。これほど短期間で絶滅に至った大型動物は、他にほとんど例がありません。

まとめ:ステラーカイギュウが残した教訓

ステラーカイギュウの物語は、人間という種が持つ、時に歯止めの効かない破壊力を示す、痛ましい教訓として語り継がれています。豊かな自然の恵みを一方的に搾取し、他の生物の命を顧みない人間の行動が、いかに取り返しのつかない結果を招くか。ステラーカイギュウの絶滅は、その象徴的な出来事の一つです。

彼らの悲劇は、生物多様性の重要性、そして自然に対する人間の責任について、深く考えさせます。巨大で、穏やかで、そして仲間思いだった海の巨人。彼らが無言で訴えかける声に、私たちは耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。

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