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【人類とマラリア】古代から続く「悪い空気」との戦いの歴史

科学
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この記事のざっくりまとめ
  • マラリアは、特定の種類の蚊によって媒介される寄生虫が原因で起こる、高熱や悪寒、貧血などを引き起こす感染症です。特に熱帯・亜熱帯地域で、古代から現代に至るまで人類を苦しめ続けてきました。
  • 長い間、マラリアの原因は沼地の「悪い空気(mala aria)」だと信じられていました(これがマラリアという名前の由来です)。しかし、19世紀末、フランスの医師ラヴランが患者の血液中に原因となる寄生虫を発見し、イギリスの医師ロスらが蚊が病気を運ぶことを突き止めました
  • 治療薬としては、南米のキナの樹皮(有効成分はキニーネ)が古くから使われてきましたが、20世紀にはクロロキンなどの合成薬が登場。現在は、中国の薬草から発見されたアルテミシニン系の薬が治療の中心です。しかし、薬が効きにくい耐性マラリアの出現が常に大きな課題となっています。
  • 蚊に刺されないための蚊帳や、蚊を駆除する殺虫剤による予防も重要です。近年ではマラリアワクチンの開発も進み、実用化が始まっていますが、マラリアは今なお世界で多くの命を奪う、人類にとって最も手強い感染症の一つです。

周期的にやってくる高熱と、凍えるような激しい悪寒、そして体を蝕む貧血と衰弱…。マラリアは、今もなお、世界中の多くの人々、特にアフリカやアジアなどの熱帯・亜熱帯地域に住む人々の命と健康を脅かしている、深刻な感染症です。

しかし、この病気と人類との関わりは、決して最近始まったものではありません。その歴史は非常に古く、人類の文明の興亡や、戦争の勝敗、さらには私たちの遺伝子にまで、目に見えない大きな影響を与えてきました。

今回は、かつては「悪い空気」のせいだと恐れられたマラリアが、どのようにしてその正体を現し、そして人類がどのようにしてこの手強い病に立ち向かってきたのか、その長い長い戦いの歴史を、できるだけ分かりやすく、簡潔にご紹介します。

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「悪い空気」が原因? 古代からの謎の病

マラリアという病気が持つ特徴的な症状、特に「周期的に繰り返す高熱の発作(例えば、48時間ごとや72時間ごとに高熱が出る)」や、「脾臓(ひぞう)というお腹の臓器が腫れる」といった症状は、非常に古くから人類に知られていました。

古代ギリシャの「医学の父」として知られるヒポクラテス(紀元前5世紀頃)も、沼地の近くに住む人々に多い熱病について記録を残しています。古代ローマ帝国でも、周期的な熱病は「ローマ熱」などと呼ばれて恐れられ、帝国の衰退の一因になったのではないかと考える歴史家もいるほどです。さらに、古代中国や古代インドの古い医学書にも、マラリアと思われる病気の記述が見られます。

しかし、これほど古くから人類を苦しめてきたにも関わらず、その本当の原因は長い間、全くの謎に包まれていました。多くの人々は、沼地やよどんだ水辺から立ち上る、不快な臭いを伴う湿った空気、すなわち「悪い空気」が、この病気を引き起こす元凶だと考えていました。イタリア語で「mala aria(マーラ・アーリア)=悪い空気」と呼ばれていたものが、そのまま「マラリア(malaria)」という病名になったと言われています。人々は、沼地を避けたり、夜は窓を固く閉ざしたりすることで、この目に見えない「悪い空気」から身を守ろうとしていたのです。

原因発見!犯人は血液の中の小さな寄生虫と「蚊」

「悪い空気」説が支配的だった時代が長く続きましたが、19世紀後半、科学技術、特に顕微鏡の発達によって、ついにマラリアの真の原因が解き明かされる時がやってきます。

1880年:血液の中に潜む犯人を発見!

フランスの軍医であったシャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴランは、当時フランス領だったアルジェリアで、マラリアに苦しむ兵士たちの血液を顕微鏡で詳しく調べていました。そしてある日、彼は患者の赤血球の中に、奇妙な小さな動くものが存在することを発見します。これが、マラリアを引き起こす病原体、すなわちマラリア原虫(非常に小さな単細胞の寄生虫)だったのです! この歴史的な発見により、マラリアの原因が「悪い空気」ではなく、目に見えない「生物」であることが初めて証明されました。ラヴランはこの功績により、1907年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

1897年:病気を運ぶ運び屋は「蚊」だった!

病原体は見つかりましたが、次なる疑問は「その寄生虫はどうやって人の体の中に入り込むのか?」ということでした。この謎を解明したのが、インドで研究を行っていたイギリスの軍医ロナルド・ロスです。彼は、鳥が感染するマラリアの研究を通じて、マラリア原虫が特定の種類の蚊(ハマダラカ属の蚊)の体内で成長・増殖し、その蚊が人や鳥を吸血する際に、唾液と一緒にマラリア原虫を注入することで病気が伝染することを突き止めました。この発見もまた、マラリア対策に革命をもたらすものであり、ロスは1902年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。(同時期に、イタリアのジョヴァンニ・バッティスタ・グラッシらの研究チームも、人間のマラリアがハマダラカによって媒介されることを詳細に証明しました。)

これらの偉大な発見によって、長年信じられてきた「悪い空気」説は完全に否定され、マラリアは「ハマダラカ属のメスの蚊が媒介する、マラリア原虫という寄生虫による感染症」であることが、科学的に確立されたのです。

特効薬を求めて:キニーネから現代薬へ

マラリアの原因が科学的に解明されるよりもずっと前から、人々はその苦しい症状、特に高熱を和らげるための治療法を必死に探し求めてきました。

奇跡の樹皮「キナ」と「キニーネ」

17世紀、ヨーロッパの人々は、南米のアンデス地方(現在のペルーなど)を探検する中で、現地のインディオたちが、高熱を下げるために「キナ」と呼ばれる木の樹皮を煎じて飲んでいることを知りました。このキナの樹皮が、マラリアの発熱に対して驚くべき効果を発揮することがわかると、それは「聖なる木」「イエズス会の粉」などと呼ばれ、ヨーロッパへと伝えられ、非常に高価な薬として取引されるようになりました。 19世紀に入ると、フランスの化学者たちがこのキナ樹皮から有効成分である「キニーネ」を分離することに成功。これにより、より安定した品質でマラリアの治療薬として使えるようになり、キニーネはその後、20世紀半ばまでマラリアに対するほぼ唯一の特効薬として、世界中で広く使われ続けました。しかし、キニーネは味が非常に苦く、耳鳴りやめまいなどの副作用も少なくありませんでした。

合成薬の登場と、悩ましい「耐性」

20世紀に入ると、化学の目覚ましい進歩により、キニーネに代わる、より効果が高く、副作用が少なく、そして安価に大量生産できる合成抗マラリア薬が次々と開発されました。その代表格が「クロロキン」です。クロロキンは第二次世界大戦中から広く使われ始め、マラリアの治療と予防に大きな貢献をしました。 しかし、ここで人類は新たな壁にぶつかります。マラリア原虫という生き物も、薬による攻撃から生き残るために進化(変化)するのです。薬を使い続けるうちに、その薬が効かない抵抗力(耐性)を持ったマラリア原虫が出現し、広まってしまったのです。クロロキン耐性のマラリアは、特にベトナム戦争などをきっかけに世界中に広がり、マラリア対策を再び困難なものにしました。その後も新しい合成薬(メフロキンなど)が開発されましたが、それらに対する耐性も次々と現れ、人類とマラリア原虫との間では、薬の開発と耐性の出現という、終わりの見えない競争が続くことになります。

漢方薬からの大発見「アルテミシニン」

この薬剤耐性という深刻な問題に対する、新たな希望の光となったのが、中国の伝統的な薬草(生薬)から発見された「アルテミシニン」です。1970年代、中国の女性科学者である屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)氏を中心とする研究チームが、古来から解熱などに使われてきたクソニンジンというキク科の植物から、既存の薬とは全く異なる仕組みでマラリア原虫を殺す、非常に強力な成分を発見しました。 このアルテミシニンとその誘導体は、特にクロロキンなどが効かなくなった耐性マラリアに対して劇的な効果を示し、現在、他の薬と組み合わせる「アルテミシニン併用療法(ACT)」が、WHO(世界保健機関)も推奨するマラリア治療の第一選択(最も重要な治療法)となっています。屠呦呦氏はこの偉大な功績により、2015年に中国人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しました。 しかし、残念ながら近年では、東南アジアのメコン川流域などを中心に、このアルテミシニンに対しても効き目が悪くなる(耐性を示す)マラリア原虫が出現していることが報告されており、世界的な監視と対策が急がれています。マラリアとの戦いは、まだ終わりが見えないのです。

マラリアを防ぐ:蚊との戦いと未来への展望

マラリアは、かかってしまうと重症化し、命に関わることもある恐ろしい病気です。そのため、治療薬の開発と同時に、そもそも感染しないための予防が非常に重要になります。マラリアは蚊によって媒介されるため、予防の基本は「蚊に刺されないようにすること」と「原因となる蚊を減らすこと」です。

蚊帳(かや)の力

最もシンプルで、古くから行われてきた予防法が、寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐための蚊帳の使用です。特に夜間に活動するハマダラカに対して有効です。

殺虫剤の効果と課題

20世紀半ば、「DDT」という非常に強力な殺虫剤が開発されました。これを家の中の壁などに散布したり、蚊の幼虫が発生する水たまりに撒いたりすることで、マラリアを媒介する蚊の数を劇的に減らすことが可能になりました。WHO(世界保健機関)は、DDTなどを活用した世界的なマラリア根絶計画を大々的に推進し、一時はヨーロッパや北米など多くの地域でマラリアを撲滅することに成功しました。しかし、DDTが鳥類などの野生生物や環境に深刻な悪影響を与えることが明らかになったこと、そしてDDTに対する抵抗性を持つ蚊が出現してきたことから、DDTの使用は世界的に厳しく制限されるようになり、根絶計画は多くの熱帯・亜熱帯地域で目標を達成できずに終わってしまいました。

現在の主な予防策

現在では、より安全で持続可能な予防策が重視されています。

  • 殺虫剤処理蚊帳
    蚊帳の繊維に、人間には安全で、かつ長期間効果が持続する殺虫剤を練り込んだものです。これは、単に蚊の侵入を防ぐだけでなく、蚊帳に接触した蚊を殺す効果もあるため、非常に有効な予防手段として、特にアフリカなどで広く普及が進められています。
  • 屋内残効性殺虫剤散布
    DDTの代替となる、より安全性の高い殺虫剤を、家の中の壁などに定期的に散布し、屋内に入ってきて壁にとまる蚊を駆除する方法です。これも有効な対策の一つです。
  • 予防薬の内服
    マラリアが流行している地域へ旅行したり、滞在したりする際には、医師の指示に従って、抗マラリア薬を予防的に服用することが推奨されます。

ワクチン開発への期待

マラリア原虫は非常に巧妙に人間の免疫システムから逃れるため、効果的なワクチンの開発は長年にわたり、感染症研究における最大の難関の一つとされてきました。しかし、近年の科学技術の進歩により、ようやくマラリアに対するワクチンが開発され、実用化への道筋が見えてきました。2021年には、WHOが世界で初めて、子ども向けのマラリアワクチン(商品名:モスキリックス)の使用を推奨し、アフリカの一部地域で接種が始まっています。まだその効果は限定的(重症化をある程度防ぐレベル)であり、改良の余地は大きいものの、これはマラリアとの戦いにおける歴史的な一歩であり、今後のさらなる研究開発によって、より効果の高いワクチンが登場することが強く期待されています。

マラリアが変えた?人類の歴史と遺伝子

マラリアは、単に個々人の健康を脅かすだけでなく、人類の社会や歴史、そして生物学的な進化にまで、非常に大きな影響を与えてきたと考えられています。

歴史への影響

古代ローマ帝国の衰退の一因として、マラリアの流行による人口減少や国力低下を挙げる説があります。

戦争においては、特に暑く湿った地域での戦闘では、敵との戦闘による死傷者よりも、マラリアなどの感染症による死者や戦線離脱者の方が多かった、という記録が数多く残っています。マラリアが戦争の勝敗を左右したケースも少なくありませんでした。

ヨーロッパ人によるアフリカや新大陸への進出(大航海時代以降)においても、彼らは現地のマラリアに対して免疫を持っていなかったため、多くの探検家や植民者が命を落としました。「白人の墓場」と呼ばれた地域もありました。これは、植民地支配のあり方や、アフリカから新大陸への奴隷貿易(マラリアに比較的耐性のある西アフリカの人々が労働力として求められた側面)にも、複雑な影響を与えたと言われています。

人間の遺伝子への影響

さらに驚くべきことに、マラリアという病気は、私たち人間の遺伝子のあり方にまで影響を与えてきました。マラリアが常に存在する地域(特にアフリカ)では、マラリア原虫が人間の赤血球の中で増殖しにくいような遺伝的な特徴を持つ人々が、マラリアにかかっても重症化しにくく、生き残りやすかったのです。 その代表例が、「鎌状(かまじょう)赤血球症」という遺伝性の貧血を引き起こす遺伝子です。この遺伝子を両親から受け継ぐと重い貧血になりますが、片方の親からだけ受け継いだ場合(保因者)、貧血の症状はほとんどないか軽い一方で、マラリア原虫が赤血球の中で増えにくくなるため、マラリアに対する抵抗力が強くなるのです。そのため、マラリアが流行する地域では、この鎌状赤血球遺伝子を持つことが生存に有利となり、自然選択によって、この遺伝子を持つ人々の割合が他の地域よりも著しく高くなりました。これは、病気という環境要因が、人間の遺伝的な進化の方向性を変えた、非常に明確な例として知られています。(他にも、サラセミアという別の遺伝性貧血や、特定の血液型などが、マラリアへの抵抗性と関連していることがわかっています。)

まとめ:今なお続く、人類とマラリアの戦い

古代には「悪い空気」として漠然と恐れられ、19世紀末にようやくその正体(蚊が媒介する寄生虫)が科学的に突き止められたマラリア。その後、人類はキニーネ、クロロキン、そしてアルテミシニンといった治療薬を開発し、DDTから薬剤処理蚊帳へと予防策を進化させ、近年ではついにワクチン開発への道筋をもつけました。科学と医学の力によって、マラリアとの戦いは着実に前進してきたと言えるでしょう。

しかし、マラリアとの戦いは、まだ終わったわけではありません。今この瞬間も、世界、特にサハラ以南のアフリカや東南アジア、南米などの熱帯・亜熱帯地域では、毎年数億人がマラリアに感染し、そのうち数十万人、その大多数が5歳にも満たない幼い子供たちが、尊い命を落としています。薬剤耐性を持つマラリア原虫の出現や、地球温暖化による蚊の生息域の変化(マラリア流行地域の拡大の可能性)も、将来に向けた大きな懸念材料です。

マラリアの長い歴史を振り返ることは、人類がいかに感染症という脅威と闘い、時にはそれによって歴史や自らの体さえも変えられながら、生き抜いてきたかを物語っています。そして、この古くからの宿敵であるマラリアを最終的に制圧するためには、最先端の科学技術による研究開発の継続はもちろんのこと、国際社会が一丸となった協力と支援、そして私たち一人ひとりがこの問題に関心を持ち続けることが、これからも不可欠であることを、改めて教えてくれるのです。

※本記事では英語版も参考にしました

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