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【深海の底の底】地球最深部「チャレンジャー海淵」とは?

地理・歴史
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この記事のざっくりまとめ
  • チャレンジャー海淵(Challenger Deep)は、西太平洋のマリアナ海溝の南端近くにある、地球上で最も深い海の底として知られている場所です。
  • その深さは約10,900メートル以上! 世界最高峰のエベレスト山(約8,849m)がすっぽり沈んでも、まだ山頂から2km以上水深がある、想像を絶する深さです。
  • 名前は、19世紀と20世紀にこの海域を調査したイギリスの海洋調査船「チャレンジャー号」に由来しています。
  • 1960年に潜水艇「トリエステ号」が人類として初めて有人潜航に成功。近年では、映画監督のジェームズ・キャメロンや探検家ヴィクター・ヴェスコヴォらが高性能な潜水艇で到達し、詳細な調査が進められています。日本の無人探査機「かいこう」もかつて活躍しました。
  • そこは指先にトラックが乗るほどの超高圧(約1,100気圧)、水温1~4℃の低温、そして太陽光が全く届かない完全な暗黒の世界ですが、特殊に進化した深海生物や微生物がたくましく生息しています。しかし、近年、その海底でプラスチックごみが発見され、環境汚染の深刻さが浮き彫りになっています
  • 地球に残された最後のフロンティアの一つであり、生命の限界や地球の謎を探る上で、科学的に極めて重要な場所です。

地球上で、最も深い場所はどこにあるか、想像したことはありますか? 山なら世界最高峰のエベレストが有名ですが、海の最も深い場所となると、どうでしょうか。

その答えは、西太平洋の広大な海の底、マリアナ海溝という巨大な海の溝の、さらにその奥深くに存在する「チャレンジャー海淵(Challenger Deep)」と呼ばれる場所にあります。そこは、水深が1万メートルを超える、まさに地球の表面で最も低い、最も深い「谷底」なのです。

太陽の光も全く届かない、想像を絶する水圧がかかる漆黒の世界…。今回は、この神秘と謎に満ちた地球最深部、チャレンジャー海淵とは一体どんな場所なのか、その発見の歴史から、驚くべき環境、そしてそこに息づく生命の秘密まで、深海への旅にご案内しましょう。

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地球最深の谷:チャレンジャー海淵の場所と深さ

チャレンジャー海淵」は、特定の海の名前ではなく、太平洋の北西部、マリアナ諸島(アメリカ領)の東側に沿って弓なりに伸びる、非常に深いマリアナ海溝という場所の中にあります。具体的には、マリアナ海溝の南西の端に近い、グアム島の南西約340キロメートルほどの地点です。

その深さは、驚くべきことに約10,900メートル以上。測定技術の向上や、測定方法の違いによって報告される数値には若干の幅がありますが、近年の信頼性の高い測量では、10,935メートル(2021年の記録)や10,984メートル(2010年の記録)といった値が報告されています。(日本の無人探査機「かいこう」が1995年に記録した10,911メートルも、長らく世界記録として知られていました。)

この「水深約11キロメートル」という深さがどれほどのものか、少し想像してみましょう。もし、世界で最も高い山であるエベレスト山(標高約8,849メートル)を、このチャレンジャー海淵の底に逆さまに沈めたとしても、エベレストの山頂はまだ海面から2キロメートル以上も深い水の底にある計算になります。まさに、地球の表面で最も深く、凹んだ場所なのです。

最近の詳しい海底地形調査によって、このチャレンジャー海淵の最深部エリアには、「イースタン・プール(Eastern Pool)」「セントラル・プール(Central Pool)」「ウェスタン・プール(Western Pool)」と呼ばれる、長さ数キロメートル、幅1キロメートルほどの、わずかに窪んだ平坦な地形が3つ存在することがわかってきました。現在、最も深い地点はこの中のイースタン・プールにあると考えられています。

名前の由来:二隻の「チャレンジャー号」

この地球最深の場所に付けられた「チャレンジャー海淵」という名前。これは、実は二隻のイギリスの調査船の名前に由来しています。

HMS チャレンジャー(初代)

1872年から1876年にかけて、世界中の海を巡り、海洋の深さ、水温、海流、そして海底の生物などを体系的に調査するという、近代海洋学の幕開けとも言える歴史的な大探検航海を行ったイギリスの帆船(コルベット艦)です。1875年、このチャレンジャー号がマリアナ海溝付近で測深(海底までの深さを測ること。当時はおもりを付けた長いロープを海底まで下ろして測っていました)を行った際、当時としては信じられないほどの深さ、約8,184メートルを記録しました。これが、この海域が異常に深い場所であることが初めて科学的に示された記録となりました。

HMS チャレンジャー(8世)

それから約75年後の1951年。今度は、同じ名前を受け継いだイギリス海軍の測量艦「チャレンジャー8世号(HMS Challenger (K07))」が、音波の反射時間を利用して海底までの距離を測る「反響測深」という、より進んだ技術を用いてこの海域を再調査しました。そして、初代チャレンジャー号が測深した場所の近くで、さらに深い地点、約10,900メートルを発見したのです。この功績を称え、マリアナ海溝のこの最深部分は「チャレンジャー海淵」と命名されることになりました。

極限環境への挑戦:チャレンジャー海淵の探査史

水深約11キロメートルというチャレンジャー海淵の海底は、私たちが地上で経験するのとは全く異なる、想像を絶する極限環境です。

  • 超・高水圧
    海底にかかる水圧は、約1,100気圧(109メガパスカル、または1平方インチあたり約16,000ポンド)にも達します。これは、私たちの地上の大気圧の1,100倍以上! 例えるなら、指先(1平方センチメートル)の上に、大型トラック1台分以上の重さ(約1.1トン)が乗っているのと同じくらいの圧力です。通常の潜水艦などは、この圧力に耐えられず、ぺしゃんこに潰れてしまいます。
  • 凍えるような低温
    水温は常に1℃から4℃程度と、非常に冷たい世界です。
  • 完全な暗黒
    太陽の光は、海の表面からわずか数百メートル、どんなに深くても1,000メートル程度までしか届きません。チャレンジャー海淵の底は、光が全く存在しない、永遠の漆黒の闇に包まれています。

このような、人間が生身では到底近づくことのできない過酷な環境に、人類はどのようにして挑み、その姿を明らかにしようとしてきたのでしょうか?

1960年 – 人類初の快挙! 深海潜水艇「トリエステ号」

記念すべき人類初のチャレンジャー海淵への有人潜航は、1960年1月23日に達成されました。アメリカ海軍が運用していた深海潜水艇「トリエステ号(Trieste)」に、スイスの海洋学者ジャック・ピカール(彼は気球で成層圏に到達したオーギュスト・ピカールの息子でもあります)と、アメリカ海軍中尉のドン・ウォルシュの二人が乗り込み、約5時間かけてゆっくりと潜航。ついに水深約10,911メートル(当時の計測値)の海底に到達しました。海底には約20分間滞在し、彼らは窓を通して、海底にヒラメのような平たい魚(後にナマコの一種などの見間違いではないかと推定されています)やエビのような生物がいるのを目撃した、と報告しました。人類が初めて地球最深部を訪れた、歴史的な瞬間でした。

1998~2002年 – 日本の探査機「かいこう」と母船「かいれい」の活躍

かいれい

1998年から2002年にかけて、深海探査研究船「かいれい」が、マルチビーム音響測深機を用いてチャレンジャー海淵の詳細な地形調査を繰り返し実施しました。これにより、最深部には水深10,900メートルを超える窪地が複数(東・中央・西の3つ)存在することが明らかになり、最も深い地点として水深10,920 ± 5メートル(2002年調査)などが記録されました。 これらの調査と並行して、遠隔操作される無人探査機「かいこう」も複数回潜航し、高感度のカメラで海底の様子を鮮明に撮影したほか、海底の堆積物や、ヨコエビ、ナマコ、微生物といった貴重な生物サンプルを採取することにも成功。日本の探査技術が、地球最深部の科学的理解に大きく貢献しました。

2009年 – アメリカの無人機「ネーレウス」

アメリカのウッズホール海洋研究所が開発した自律型無人潜水機(AUV)と有索式無人機(ROV)の両方の機能を持つハイブリッド機「ネーレウス(Nereus)」もチャレンジャー海淵に到達し、高解像度の映像記録や科学サンプルの採集を行いました。(ネーレウスは残念ながら2014年に別の深海調査中に水圧で破壊されてしまいました。)

2012年 – 映画監督ジェームズ・キャメロン、単独潜航に成功

映画『タイタニック』や『アバター』で世界的に知られる映画監督、ジェームズ・キャメロンは、深海探査にも並々ならぬ情熱を燃やしていました。彼は、自ら多額の資金を投じ、設計・開発にも深く関わった一人乗りの特殊な潜水艇「ディープシーチャレンジャー(Deepsea Challenger)」を建造。そして2012年3月26日、彼はこの潜水艇に乗り込み、単独でのチャレンジャー海淵潜航に見事成功しました。これは、トリエステ号以来52年ぶりの有人潜航であり、単独での到達は史上初の快挙でした。彼は水深10,908メートルの海底に約3時間も滞在し、搭載した高画質の3Dカメラで貴重な映像を撮影したほか、ロボットアームを使って生物や岩石のサンプルも採取しました。

2019年以降 – 探査の新時代へ

近年、深海探査技術はさらに進歩し、チャレンジャー海淵へのアクセスは以前よりも(相対的にですが)容易になりつつあります。アメリカの探検家であり裕福な投資家でもあるヴィクター・ヴェスコヴォ(Victor Vescovo)は、「ファイブ・ディープス探検隊」というプロジェクトを立ち上げ、彼自身が開発に関わった潜水艇「リミティング・ファクター(DSV Limiting Factor)」を用いて、地球上の五つの大洋すべての最深地点への潜航を目指しました。彼は2019年にチャレンジャー海淵に複数回潜航し、自身も複数回搭乗。最深潜航記録(10,928mや10,934mなど、測定方法や潜航により異なる記録があります)を更新したと主張しました。このプロジェクトでは、元宇宙飛行士で女性として初めてチャレンジャー海淵に到達したキャシー・サリバンなど、多くの人々が「地球最深部への訪問者」となりました。また、2020年には、中国が開発した有人潜水艇「奮闘者号(Fendouzhe / Striver)」も水深10,909メートルへの潜航に成功したと発表されており、チャレンジャー海淵の探査は新たな時代を迎えています。

深海の生命:暗黒と高圧の世界に生きるものたち

これほどの超高圧、低温、そして完全な暗黒。そんな極限環境に、果たして生命は存在するのでしょうか? 答えは「イエス」です。近年の深海探査技術の進歩により、チャレンジャー海淵のような超深海にも、独自の進化を遂げた多様な生物たちが、たくましく生きていることが明らかになってきました。

有孔虫(ゆうこうちゅう / Foraminifera)

アメーバに似た単細胞生物ですが、炭酸カルシウムなどでできた美しい殻を持っています。チャレンジャー海淵の海底堆積物の中には、ゼノフィオフォラと呼ばれる巨大な(単細胞生物としては異例の大きさ!)有孔虫などが、非常に多く生息していることがわかっています。

端脚類(たんきゃくるい / Amphipoda)

いわゆる「ヨコエビ」の仲間で、エビに似た姿をした甲殻類です。浅い海にもたくさんいますが、深海では光のない環境に適応し、しばしば体が白っぽくなっています。チャレンジャー海淵のような超深海では、驚くほど巨大化する種類(ジャイアント・アムフィポッド)も発見されています。

ナマコ類(海鼠 / Sea cucumbers)

海底をゆっくりと這い回るナマコの仲間も、超深海の重要な構成メンバーです。トリエステ号が最初に目撃したとされる「ヒラメのような魚」の正体も、おそらくはナマコの一種(カイレイツノナマコなど、平たい体を持つ種類がいます)だったのではないか、と考えられています。

深海魚

チャレンジャー海淵そのものの最深部(水深約11,000m)で、魚類が確実に生息しているという証拠は、現在のところまだ議論があります(水圧の限界など)。しかし、マリアナ海溝の水深8,000メートルを超える深さでは、シンカイクサウオ(スネイルフィッシュ)の仲間(学名:Pseudoliparis swirei、通称マリアナスネイルフィッシュ)が泳ぐ姿が撮影されており、「世界で最も深い場所に生息する魚」として認定されています。彼らはゼラチン質のような柔らかい体を持ち、骨も少なくすることで、強大な水圧に適応していると考えられています。

微生物(Microorganisms)

海底の泥の中や熱水噴出孔の周りなどには、目には見えない細菌(バクテリア)や古細菌(アーキア)といった微生物が、膨大な数、そして多様な種類で生息しています。彼らは、太陽光の代わりに、地球内部から湧き出す化学物質などをエネルギー源として利用する(化学合成)ことで生命活動を維持しており、この極限環境における生態系の基盤を支える、重要な役割を果たしていると考えられています。

チャレンジャー海淵は、生命が存在できる限界を探る上で、まさに自然の実験室と言える場所なのです。

最深部にまで及ぶ人類の影響:プラスチックごみ問題

人類がまだ直接足を踏み入れたことのない、地球上で最も隔絶された場所の一つと考えられてきたチャレンジャー海淵。しかし、悲しいことに、近年の探査によって、その手つかずのはずの海底にまで、私たち人類の活動の影響が及んでいることが明らかになりました。

2019年に行われたヴィクター・ヴェスコヴォ氏の潜航調査の際に、水深1万メートルを超える海底で、プラスチックごみ(ビニール袋や菓子類の包装のようなもの)が複数発見され、撮影されたのです。地球上で最も深い海の底にまで、私たちの捨てたプラスチックが到達してしまっているという現実は、海洋プラスチック汚染問題がいかに深刻で、地球規模に広がっているかを、改めて私たちに突きつけました。

まとめ:最後のフロンティアへの探求は続く

西太平洋の深淵、マリアナ海溝の底に静かに横たわる、地球最深の場所「チャレンジャー海淵」。そこは、私たち地上の生物にとっては想像を絶するほどの高圧、低温、そして完全な暗黒に支配された極限の世界でありながら、独自の進化を遂げた生命が息づく、驚異に満ちた場所です。

1960年のトリエステ号による歴史的な初潜航から始まり、日本の「かいこう」、ジェームズ・キャメロン監督の単独潜航、そして近年のヴィクター・ヴェスコヴォらによる最新鋭の潜水艇での探査に至るまで、人類は飽くなき探求心と技術の進歩によって、この「最後のフロンティア」とも呼ばれる世界の謎を少しずつ解き明かそうと挑戦を続けてきました。その探求は、地球内部の活動、生命誕生の謎、極限環境における生物の適応戦略など、地球科学や生命科学における根源的な問いに答えるための、重要な手がかりを与えてくれます。

しかし同時に、最深部の海底から見つかったプラスチックごみは、私たち人類の活動が、もはや地球上のどこにも逃れられない影響を及ぼしているという厳しい現実をも示しています。

チャレンジャー海淵への探求は、これからも私たちに科学的な発見への興奮と、地球というかけがえのない惑星を守っていくことへの責任を、同時に問いかけ続けるに違いありません。

※本記事では英語版も参考にしました

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