- 私たちが毎日使っている「日本語」。その起源や、世界のどの言語と「親戚」なのかは、実はまだはっきりとわかっていません。多くの説がありますが、決定的なものがない「謎多き言語」の一つです。
- かつては、文法が似ているトルコ語やモンゴル語などの「アルタイ諸語」や、お隣の朝鮮語(韓国語)との関係が有力視されましたが、言葉の基本的な部分(基礎語彙)での一致が少なく、現在は慎重な意見が多いです。
- 他にも、南から来た台湾先住民やポリネシアの言葉(オーストロネシア語族)との関連を指摘する説や、複数の言語が混ざり合ってできた「混合言語説」など、様々な仮説があります。
- 日本語は、沖縄などで話される琉球の言葉(琉球諸語)とは共通の祖先を持つことがわかっており、これらを合わせて「日琉語族(にちりゅうごぞく)」という一つの言語グループを形成すると考えられています。しかし、この日琉語族が、さらに大きな世界の言語の家族(語族)のどこに位置づけられるのかが、大きな謎なのです。
- 古い時代の日本語に関する文字記録が少ないことや、日本列島が地理的に孤立していたことなどが、起源の研究を難しくしています。日本語のルーツを探る研究は、今もなお続いています。
「こんにちは」「ありがとう」「いただきます」
私たちが毎日、ごく当たり前のように話し、聞き、読んでいる「日本語」。その滑らかな響き、豊かな感情表現、そして時に「外国人には難しい!」と言われる独特の文法構造。この、私たちの思考や文化のまさに土台となっている日本語は、一体いつ、どこで、どのようにして生まれたのでしょうか? そして、世界の他のたくさんの言語の中で、日本語には「親戚」にあたる言葉があるのでしょうか?
実は、この「日本語の起源」というテーマは、言語学者たちを長年にわたって悩ませてきた、いまだに完全には解明されていない、大きな謎の一つなのです。まるで壮大な歴史ミステリーのようですね。
今回は、この日本語のルーツを探る、ロマンあふれる旅へと、皆さんと一緒に出かけてみたいと思います。様々な仮説に触れながら、私たちの言葉の「ふるさと」に思いを馳せてみましょう。
日本語は「ひとりぼっち」? それとも親戚がいるの?
世界には、現在、約7000もの言語が存在すると言われています。そして、これらの言語の多くは、その成り立ちや特徴の類似性から、いくつかの大きな「家族(語族 / ごぞく)」に分類することができます。
例えば、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語といった西ヨーロッパの言葉、ロシア語やポーランド語といった東ヨーロッパの言葉、さらには遠くイランのペルシャ語やインドのヒンディー語、そしてかつての古代ギリシャ語やラテン語まで、これらは皆、数千年前に一つの共通の祖先となる言語(「インド・ヨーロッパ祖語」と呼ばれます)から分かれて進化した、「インド・ヨーロッパ語族」という、非常に大きな一つの「家族」のメンバーです。
では、私たちの「日本語」は、この世界の言語の家族の中で、どのような位置にいるのでしょうか? 驚くべきことに、現在のところ、
日本語は、世界のどの主要な語族とも、明確で誰もが納得するような親戚関係(系統関係)が証明されていない、孤立した言語である
というのが、多くの言語学者たちが、非常に慎重に、しかし共通して持っている見解の一つなのです。
ただし、完全に「ひとりぼっち」というわけではありません。日本の南西部に広がる沖縄や奄美群島などで話されている伝統的な言葉(琉球諸語 / りゅうきゅうしょご)は、発音や単語、文法などが本土の日本語とは大きく異なっていますが、歴史を遡ると、日本語と共通の祖先(日琉祖語)から分かれた姉妹関係にあることが、科学的に証明されています。そのため、言語学では、日本語と琉球諸語を合わせて「日琉語族(にちりゅうごぞく)」という一つの小さな言語の「家族」を形成すると考えられています。
しかし問題は、この「日琉語族」が、さらに大きな世界の言語の家族(インド・ヨーロッパ語族や、中国語が属するシナ・チベット語族など)の、どこに位置づけられるのか、あるいは本当にどこにも属さない孤立した存在なのか、という点が、今もなお大きな謎として残されているのです。
とはいえ、完全に希望がないわけではありません。これまで、多くの研究者たちが、日本語の「親戚」かもしれないと考える「候補」をいくつか提唱し、その可能性について活発な議論が続けられてきました。
日本語の「親戚候補」たち:様々な仮説とそのゆくえ
日本語の起源を探る上で、その文法的な特徴や、一部の単語に見られる(かもしれない)類似性などから、いくつかの言語グループとの「親戚関係」が、これまで真剣に検討されてきました。主な仮説をいくつか、その「似ている点」と「うーん、でも難しい点」に注目しながら見ていきましょう。
【仮説1】ユーラシア大陸の北方から来た? 「アルタイ諸語」との関係説
かつて、日本語の起源として非常に有力視された仮説の一つが、ユーラシア大陸の北方(シベリア、中央アジア、モンゴル高原など)に広く分布する「アルタイ諸語」との関係です。「アルタイ諸語」とは、伝統的に、トルコ語(トルコ共和国の言葉)、モンゴル語(モンゴル国の言葉)、そしてツングース諸語(満州語など、シベリア東部で話される言葉のグループ)を一つの大きな語族としてまとめる考え方です。
似ている点ってどこ?
- 言葉の順番(語順)がそっくり!
日本語は「私 は ご飯 を 食べる」のように、「主語-目的語-動詞(SOV型)」の順番で文を作りますよね。実は、トルコ語もモンゴル語も、これと全く同じ語順なのです。これは、例えば「I eat rice. (私は食べる、ご飯を)」というSVO型の英語とは大きく異なります。 - 「て・に・を・は」のような「くっつき言葉」がある!
日本語は、「私-が」「学校-へ」「行っ-た」のように、単語の後に「が」や「へ」といった助詞や、「た」といった助動詞のような、意味を持つ小さな要素(専門的には「接辞」と言います)が、まるで接着剤のように次々とくっついて、文の中での役割を示します。このような言語の特徴を「膠着語(こうちゃくご)」と言いますが、アルタイ諸語もまた、この膠着語という特徴を共通して持っています。 - 母音のハーモニー?(母音調和)
いくつかのアルタイ諸語には、「母音調和」という、一つの単語の中で使われる母音の種類に、ある一定の調和(ルール、制限)が見られる、という面白い現象があります。例えば、ある種類の母音が使われたら、その単語の中の他の母音も、口の形が似た特定のグループの母音でなければならない、といった具合です。実は、古代の日本語(奈良時代よりも前)にも、この母音調和に似た法則が存在したのではないか、と推測する研究者もいます。
でも、やっぱり親戚とは言えない…?
これらの文法的な類似点は、確かに非常に興味深く、かつては日本語=アルタイ諸語説を強く支持する根拠とされました。しかし、言語の「親戚関係」を決定づける上で、文法構造の類似だけでは不十分なのです。より重要なのは、「基礎語彙(きそごい)」――例えば、「1、2、3」といった数詞、「目、鼻、口、手、足」といった身体の部分を表す言葉、「水、火、太陽、月」といった自然に関する言葉、そして「行く、来る、食べる、寝る」といった基本的な動詞など、どの文化でも使われ、他の言語からの借用(外来語)の影響を受けにくく、変化しにくいとされる単語群――において、日本語とアルタイ諸語の間で、規則的な音の変化(例えば、昔のAの音が、日本語ではアに、トルコ語ではアに、モンゴル語ではアになった、といった法則的な対応)を伴う、共通の起源を持つ単語(同根語)が、残念ながらほとんど見つかっていないのです。いくつかの似た単語が指摘されても、それが偶然の一致なのか、あるいは非常に古い時代に借用されただけなのか、区別がつきません。
さらに、近年では、そもそも「アルタイ諸語」という、トルコ語・モンゴル語・ツングース諸語を一つの大きな「家族」としてまとめる考え方自体が、言語学的に見て本当に妥当なのかどうかについても、専門家の間で大きな疑問が呈されるようになっています。(これらは、互いに長期間接触してきた結果、文法などが似てきただけで、元々は別の家族だったのではないか、という考え方が有力になりつつあります。) そのため、現在では、日本語とアルタイ諸語が直接的な「親戚」である、という説は、かつてほど強くは支持されていません。
【仮説2】お隣の言葉とはどうなの? 「朝鮮語(韓国語)」との関係説
地理的に最も近く、歴史的にも深いつながりを持つ朝鮮半島の言葉、朝鮮語(韓国語)と日本語との関係も、古くから多くの研究者の関心を集めてきました。
似ている点ってどこ?
- 文法構造がやっぱりそっくり!
韓国語を勉強したことがある方ならご存知かもしれませんが、韓国語の文法は、日本語と驚くほどよく似ています。言葉の順番は日本語と同じ「主語-目的語-動詞(SOV型)」ですし、「은/는 (un/nun, ~は/が)」「이/가 (i/ga, ~が)」「을/를 (ul/rul, ~を)」といった、日本語の「て・に・を・は」に非常によく似た助詞(韓国語では「調査」と呼びます)を使って文の中での単語の役割を示します。
また、動詞や形容詞が活用する(形が変わる)様子も、日本語と似ている点が多くあります。そのため、日本人にとって、韓国語の文法は、他の多くの言語(例えば英語など)と比べて、比較的理解しやすく、学びやすいと言われています。 - いくつかの単語も似ている?
文法だけでなく、いくつかの単語においても、日本語と韓国語の間で、発音や意味が似ているものが見られます。例えば、日本語の「島(しま)」と韓国語の「섬 (seom / ソム)」、日本語の「熊(くま)」と韓国語の「곰 (gom / コム)」、日本語の「村(むら)」と韓国語の「마을 (maeul / マウル、ただし意味は少し広い)」など。
しかし、これらの単語が本当に同じ起源を持つのか、それとも単なる偶然の一致や、非常に古い時代の借用なのかについては、専門家の間でも意見が分かれており、慎重な検討が必要です。
でも、やっぱり親戚とは言えない…?
文法構造の類似性は非常に顕著であるものの、朝鮮語との間でも、アルタイ諸語との関係と同様に、「基礎語彙」における明確で体系的な音の対応(音韻対応)を示す「同根語」の数が、両者が確実に「親戚」であると断定するには、まだ十分ではない、というのが多くの専門家の一致した見解です。
また、かつて朝鮮半島で話されていたとされる(しかし、詳しいことはあまりわかっていない)高句麗(こうくり)語や百済(くだら)語といった古代の言語の、ごく断片的に残された記録と、日本語(特にその古い形である上代日本語)との間に、いくつかの類似性を指摘し、日本語の起源を朝鮮半島に求める研究もありますが、いかんせん資料があまりにも乏しいため、これもまだ仮説の域を出ていません。
【仮説3】もしかして南の海から来た? 「オーストロネシア語族」との関係説
日本人のルーツを考える上で、大陸からの渡来だけでなく、南の島々からの海洋ルートを通じた人々の移動や文化の影響も、近年注目されています。それに伴い、日本語の起源についても、オーストロネシア語族との関連を探る研究が行われています。
「オーストロネシア語族」とは、非常に広大な範囲に広がる巨大な言語の家族で、台湾の先住民の人々が話す言葉(これが最も古い形に近いとされます)から、遠く太平洋に浮かぶポリネシアの島々(ハワイ語、サモア語、マオリ語など)、インドネシアやマレーシアの言葉、そしてアフリカ大陸の東にあるマダガスカル島の言葉まで、実に多くの言語が含まれています。
似ている点ってどこ?
- いくつかの基本的な単語が似ている?
本語の基礎語彙(特に、数詞の一部や、身体の部分を表す言葉、あるいは自然に関する言葉など)の中に、オーストロネシア語族の様々な言語の単語と、発音や意味が似ているものがいくつか見られる、という指摘があります。
しかし、これらの類似も、偶然の一致である可能性や、あるいは非常に古い時代に借用されただけである可能性を完全に排除することはできません。 - 音の作りが似ている?(音韻構造)
日本語の音節(音のまとまり)の多くが、「子音+母音」という形で終わり、母音で終わる「開音節(かいおんせつ)」が中心であることや、基本的な母音が「ア・イ・ウ・エ・オ」の5つである、といった音の作り(音韻構造)が、多くのオーストロネシア語族の言語と似ている、という特徴も指摘されています。
でも、やっぱり親戚とは言えない…?
語彙や音韻構造にいくつかの興味深い類似点が見られる一方で、文法構造(例えば、言葉の基本的な順番が、多くのオーストロネシア語では「動詞-主語-目的語(VSO型)」であるのに対し、日本語は「主語-目的語-動詞(SOV型)」であるなど)が、日本語とは大きく異なっている点が、この説の大きな壁となっています。
もし、日本語とオーストロネシア語族の間に何らかの親戚関係があったとしても、それは非常に古い時代(おそらく数千年以上前)に分岐したか、あるいは、元々日本列島で話されていた何らかの言語(いわゆる「縄文語」のようなもの、ただしその実体は不明です)の基層(きそう=土台となっていた言語)に、南方からやってきたオーストロネシア系の言語が影響を与えた、といったような、より複雑な関係であったのかもしれません。
【仮説4】さらに他の「親戚候補」も…?
この他にも、日本語の起源を求めて、
- オーストロアジア語族
(ベトナム語やカンボジアのクメール語などが属する、東南アジア大陸部の言語グループ。日本語のアクセントの成り立ちや、一部の古い単語との関連を指摘する説もありますが、まだ広くは認められていません。) - ドラヴィダ語族
(南インドで話されるタミル語など。かつて日本の著名な国語学者であった大野晋氏が、日本語とタミル語の間に驚くほど多くの語彙的・文法的な類似点があると主張し、大きな話題となりましたが、その手法や結論については、多くの言語学者から厳しい批判があり、現在では学術的にはほとんど支持されていません。)
など、本当に様々な言語グループとの関連が、これまで真剣に、そして時には大胆に探求されてきました。
【仮説5】もしかして、いろんな言葉が混ざり合ってできた? 「混合言語説」あるいは「クレオール説」
これまでに見てきたように、日本語は、アルタイ諸語や朝鮮語と文法が似ているようでいて基礎語彙が違い、オーストロネシア語族と基礎語彙や音韻が似ているようでいて文法が違う……といった、なかなか一筋縄ではいかない特徴を持っています。
そこで、
もしかしたら、日本語は、単一の祖先の言語からまっすぐに進化したのではなく、複数の異なる系統の言語が、日本列島という地理的な『るつぼ』の中で、長い時間をかけて接触し、影響し合い、そして混ざり合った結果として形成された『混合言語』あるいは『クレオール言語』のようなものではないか?
という考え方も、有力な仮説の一つとして議論されています。 例えば、
- まず日本列島には、縄文時代に話されていた、系統不明の古い言語(あるいは複数の言語)が基層(土台)として存在した。
- そこに、弥生時代以降、朝鮮半島を経由して大陸からやってきた人々(弥生人)が持ち込んだ、アルタイ系あるいは古代朝鮮半島系の言語が重なり、大きな影響を与えた(特に文法構造など)。
- さらに、それとは別に、あるいはそれ以前から、南方の海からのルートで、オーストロネシア系の言語を話す人々も日本列島にやってきて、語彙や音韻などに影響を残した。
といったような、非常に複雑なシナリオです。この「混合言語説」は、日本語が持つ多様な言語的特徴を、比較的うまく説明できる可能性があるため、多くの研究者によって検討されています。
日本語のルーツ探しの難しさ:なぜ「謎」のままなのか?
なぜ、これほどまでに多くの研究がなされているにも関わらず、日本語の「確かな親戚」が見つからず、その起源が「謎」のままなのでしょうか? それには、いくつかの大きな理由があります。
文字記録の登場が遅い(古すぎる時代の日本語がわからない)
日本語が、自分たちの言葉を書き記すための文字(最初は中国から伝わった漢字を借りて使いました)で本格的に記録され始めるのは、歴史的に見てかなり遅く、5世紀から6世紀頃(古墳時代後期から飛鳥時代)のことです。(そして、その文字記録がまとまった形で残っているのは、さらに後の『古事記』『日本書紀』『万葉集』といった、8世紀の文献になります。)
それよりも古い時代、つまり弥生時代や縄文時代に、日本列島でどのような言葉が話されていたのか、そしてそれらがどのように変化して現在の日本語になっていったのかを知るための、直接的な手がかり(文字記録)が、極めて乏しいのです。これは、言語の系統を探る上で、非常に大きなハンディキャップとなります。
地理的な孤立と独自の進化
日本列島は、ユーラシア大陸の東端に位置し、海によって隔てられています。この地理的な孤立は、他の言語との大規模な接触や混交をある程度制限し、日本語が独自の方向へと、比較的長い時間をかけて変化・進化していくことを可能にしたのかもしれません。その結果、もし遠い昔に他の言語と共通の祖先を持っていたとしても、その「親戚」の痕跡が、長い年月の中で見えにくくなってしまった、という可能性が考えられます。
比較言語学の方法論的な限界
言語間の「親戚関係(系統関係)」を科学的に証明するためには、単に「いくつかの単語の発音や意味が似ている」というだけでは、全く不十分です。それは偶然の一致かもしれませんし、あるいは一方の言語がもう一方から単に言葉を借りただけ(借用語)かもしれません。 比較言語学では、
- 二つ以上の言語の間で、基礎語彙(数詞、親族名称、身体部位、基本的な動詞など、文化の影響を受けにくく、変化しにくいとされる単語群)において、意味だけでなく、発音も一定の法則性(音韻対応の規則性)を持って対応している(例えば、言語Aの「p」の音は、言語Bでは必ず「f」の音になっている、など)こと。
- そして、その音韻対応の規則性が、偶然とは考えられないほど多数の単語において、体系的に見られること。
- さらに、文法の基本的な構造(例えば、動詞の活用や、名詞の格変化など)にも、共通の祖先から受け継いだと思われる特徴が見られること。
などが、親戚関係を証明するための重要な条件となります。 しかし、日本語と、これまで「親戚候補」として挙げられてきた他の言語との間で、これらの厳しい条件を全て満たすような、誰もが納得する決定的な証拠を、十分な量、見つけ出すことは、今のところ非常に難しいのです。
まとめ:ミステリアスな言葉、日本語の旅はまだ続く
私たちが毎日、ごく自然に、そして当たり前のように使っている「日本語」。その起源を探る旅は、まるで壮大で、ロマンあふれる歴史ミステリーのようです。
北の大陸から来たのか、南の海を渡ってきたのか、あるいは西のお隣さんと深い繋がりがあるのか、それともこの日本列島というユニークな環境の中で、様々な要素が混ざり合いながら、独自に育まれてきたのか…。
アルタイ諸語、朝鮮語、オーストロネシア語族など、様々な「親戚候補」が名乗りを上げてきましたが、今のところ、「これこそが日本語の確かなルーツだ!」と断言できるような、決定的な証拠は見つかっていません。もしかしたら、日本語は、私たちがまだ知らない、あるいはすでに消滅してしまった未知の言語の末裔なのかもしれませんし、あるいは、本当に世界の主要な語族とは遠縁の、孤高の存在なのかもしれません。
この「まだ結論が出ていない、わからないことだらけ」という状況こそが、日本語の起源研究の難しさであり、同時に、多くの言語学者や歴史愛好家たちを惹きつけてやまない、尽きない魅力の源泉でもあります。
科学技術が進歩し、考古学や人類学、さらにはDNA解析といった他の分野の研究成果も取り入れられる中で、いつの日か、日本語がたどってきた壮大な歴史のパズルが、少しずつ解き明かされていく日が来るかもしれません。
私たちが話すこの言葉の奥深いルーツに思いを馳せることは、私たち自身のアイデンティティや、日本という国の成り立ち、そして人類の言語の多様性の不思議について、新たな視点と、知的な興奮を与えてくれるのではないでしょうか。日本語の起源を探る旅は、まだまだ始まったばかりなのです。



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