- 天宮1号(てんきゅういちごう)は、中国が2011年に打ち上げた、同国初の実験用宇宙ステーション(目標飛行体)です。
- 打ち上げ後、無人宇宙船「神舟8号」や、宇宙飛行士が搭乗した「神舟9号」「神舟10号」とのドッキングに成功。宇宙飛行士の短期滞在も実現し、中国の宇宙ステーション計画に不可欠な基本技術を実証しました。
- 設計寿命を超えて運用された後、2016年に地上との通信が途絶え、制御不能な状態に陥りました。そのため、自然落下による大気圏再突入が予測されていました。
- 約8.5トンと比較的大型だったため、燃え残った破片が地上に落下する危険性が国際的に懸念されましたが、2018年4月2日、南太平洋上空で大気圏に再突入し、大部分が燃え尽きたとみられます。地上への被害は報告されませんでした。
4月2日。今から数年前(2018年)のこの日、世界中の宇宙ファンや関係者が、固唾をのんで空の彼方を見守っていました。その視線の先にあったのは、役目を終え、地球へと還ろうとしていた中国初の宇宙ステーション(実験機)、「天宮1号」です。
輝かしい成功を収めた一方で、最後は制御不能な状態での落下となり、国際的な注目を集めた天宮1号。その誕生から、宇宙での活躍、そして地球への帰還(落下)まで、その軌跡を振り返ってみましょう。
中国宇宙開発の夜明け:天宮1号のミッション
天宮1号(Tiangong-1)は、中華人民共和国が独自に開発を進め、2011年9月29日に長征2号FT1ロケットによって打ち上げられた、中国にとって記念すべき初の宇宙ステーション(目標飛行体・宇宙実験室)でした。「天宮」という名前は、「天上の宮殿」を意味します。
このプロジェクトの主な目的は、将来、中国が独自の大型・長期滞在型宇宙ステーションを建設・運用するために不可欠となる、いくつかの重要な技術を習得・実証することでした。特に重視されたのが、宇宙空間で宇宙船とランデブー(接近)し、ドッキング(結合)する技術です。また、宇宙飛行士が一定期間滞在し、宇宙環境を利用した科学実験を行うためのプラットフォームとしての機能も検証されました。
全長約10.4メートル、打ち上げ時の重さが約8.5トンあった天宮1号は、地球周回軌道に乗った後、計画されていた重要なミッションを見事に成功させていきます。
神舟8号とのドッキング(2011年11月)
まずは無人の宇宙船「神舟8号」を打ち上げ、天宮1号との間で、コンピューター制御による自動ランデブー・ドッキングに中国として初めて成功しました。
神舟9号との有人ドッキング(2012年6月)
次に、中国初の女性宇宙飛行士となった劉洋さんを含む3名の宇宙飛行士を乗せた「神舟9号」が打ち上げられました。神舟9号は天宮1号との自動ドッキングに成功し、宇宙飛行士たちは約10日間、天宮1号の内部に滞在しました。このミッションでは、宇宙飛行士が手動で宇宙船を操縦してドッキングを行う技術も実証されました。
神舟10号との有人ドッキング(2013年6月)
翌年には、再び3名の宇宙飛行士(うち女性1名、王亜平さん)が「神舟10号」で天宮1号を訪れ、約12日間滞在しました。宇宙飛行士たちは様々な実験を行ったほか、天宮1号から地上の学生たちに向けて宇宙での生活や物理現象について授業を行う「宇宙授業」も実施し、大きな話題となりました。
これらのミッションを通じて、中国は宇宙ステーションの建設と運用に必要な基幹技術(ランデブー、ドッキング、生命維持、宇宙飛行士の滞在など)を確実に習得し、アメリカ、ロシアに次ぐ宇宙大国としての地位を固めていきました。
予期せぬ事態:制御不能と落下の軌跡
天宮1号の設計上の運用寿命は約2年とされていましたが、ミッション終了後も軌道上でのデータ収集などが続けられていました。しかし、2016年3月、中国の宇宙当局は予期せぬ事態を発表します。それは、天宮1号とのテレメトリ通信(地上と宇宙機の間で状態やデータをやり取りする通信)が途絶し、地上からの制御が効かなくなってしまったというものでした。(原因は公式には詳しく発表されていませんが、電源系の故障などが推測されています。)
制御不能となった天宮1号は、地球の引力と、ごくわずかに存在する上層大気の抵抗によって、徐々にその軌道高度を下げ始めました。このまま放置すれば、いずれは地球の大気圏に再突入し、燃え尽きるか、あるいは破片となって地上に落下することは避けられません。
ここで問題となったのが、天宮1号が約8.5トンという、人工物としてはかなり大型の宇宙機であったことです。通常、運用を終えた人工衛星の多くは大気圏再突入時に燃え尽きてしまいますが、これほど大きいと、頑丈な部品(例えば、ロケットエンジンの一部や燃料タンクなど)が燃え尽きずに地上まで到達する可能性が否定できませんでした。
制御が効かないため、いつ、どこに落下するのかを正確に予測することは非常に困難でした。そのため、世界中の宇宙機関や研究者が天宮1号の軌道を注意深く監視し、落下予測情報を共有しました。万が一、人口密集地域に破片が落下した場合、被害が出る可能性も考えられたため、この「空からの落下物」は国際的な関心を集めることになったのです。中国当局は、「リスクは極めて低い」と繰り返し説明し、軌道情報を提供し続けましたが、制御不能な大型宇宙機が落下してくるという状況は、一部で懸念の声も呼びました。
運命の日:南太平洋への帰還(2018年4月2日)
そして、その時はやってきました。軌道計算により、落下時期が迫っていることが確実視される中、世界が見守っていました。
2018年4月2日、各国の宇宙機関からの情報を総合すると、天宮1号はついに地球の大気圏へと突入しました。
日本時間の午前9時15分頃(協定世界時UTCでは同日午前0時15分頃)、天宮1号は南太平洋の上空、チリの沖合西方の海上で大気圏に再突入したことが確認されました。
大気圏との激しい摩擦により、機体の大部分は高温で燃焼し、分解したとみられています。中国有人宇宙工程弁公室(CMSA)やアメリカ軍戦略コマンド(USSTRATCOM)などの公式発表によると、燃え残った破片が海上に落下した可能性はあるものの、人家のある陸地からは遠く離れており、この再突入による地上への被害は報告されませんでした。 懸念された最悪の事態は避けられたのです。
天宮1号が残したもの:成功と課題
天宮1号は、そのミッションにおいて輝かしい成功を収め、中国の宇宙開発史における重要なマイルストーンとなりました。ここで得られた経験と技術は、その後の後継機**「天宮2号」(2016年打ち上げ、こちらは制御された状態で2019年に太平洋へ落下処分)の開発、そして現在、国際宇宙ステーション(ISS)に次ぐ規模を持つ、中国独自の大型モジュール式宇宙ステーション「天宮」**(2022年に基本構成が完成し、本格運用中)の建設へと直接つながっています。中国が自国の力で宇宙ステーションを建設・運用するという長年の目標を実現するための、決定的な第一歩だったと言えるでしょう。
その一方で、天宮1号の最後の姿は、現代の宇宙開発が直面する重要な課題も浮き彫りにしました。それは、運用を終えた人工衛星やロケットの残骸などが地球周回軌道上に増え続ける「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の問題です。制御不能な大型宇宙機が地球に落下してくるという事態は、たとえ今回のように幸運にも被害が出なかったとしても、将来的に無視できないリスクとなりうることを示唆しています。宇宙空間を安全かつ持続的に利用していくためには、使用済み宇宙機の適切な処分方法に関する国際的なルール作りや、デブリ除去技術の開発などが、今後ますます重要になってきます。
まとめ:宇宙への挑戦と責任
2018年の4月2日、中国初の宇宙ステーション「天宮1号」は、南太平洋の空に一筋の光跡を残し、その7年間にわたるミッションを終えました。それは、中国の宇宙開発における目覚ましい前進を示す出来事であったと同時に、宇宙を利用する上での国際社会の責任について、改めて考えるきっかけを与える出来事でもありました。
天宮1号の成功と、その最後の軌跡は、人類が宇宙という新たなフロンティアへ挑戦し続ける中で、技術的な偉業の追求だけでなく、地球環境と将来世代への配慮という、重い責任も共に担っていかなければならないことを、私たちに強く示唆していると言えるでしょう。
※本記事では英語版も参考にしました




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