- 「クレオパトラ(正確にはクレオパトラ7世)」は、古代エジプト・プトレマイオス朝の最後のファラオ(女王)です。彼女の死をもって、約3000年続いた古代エジプト王朝は完全に滅亡しました。
- 楊貴妃、小野小町と並ぶ「世界三大美女」の一人として超有名ですが、近年の歴史研究では、外見は「美人というより、大きな鷲鼻で顎がしっかりしていた」であったと考えられています。
- 彼女の本当の武器は、色仕掛けではなく「圧倒的な知性と教養」でした。9ヶ国語を操り、医学、天文学、数学、外交戦略に長けた超一流の政治家でした。
- 当時、最強だった「ローマ帝国」に国を飲み込まれないために、ローマのトップであるカエサルと、その部下のアントニウスという2人の英雄を政治的・軍事的な同盟相手として選び、見事にエジプトの独立を維持し続けました。
- 「男を惑わす妖婦」という現在の彼女の悪いイメージは、彼女を倒したローマ側の勝者(オクタウィアヌス)が、自分たちの戦争を正当化するために流した「悪意あるプロパガンダ(フェイクニュース)」が定着してしまったものです。
「絶世の美女」という言葉を聞いて、世界中の誰もが真っ先に思い浮かべる名前。それが「クレオパトラ」です。 映画や漫画などでは、エキゾチックな衣装を身にまとい、その色香で男たちを次々と誘惑するセクシーな悪女として描かれることがほとんどです。
しかし、「じゃあ、クレオパトラって歴史上で具体的に何をした人なの?」と聞かれると、意外と答えに詰まってしまうのではないでしょうか。
実は、皆さんが想像する「クレオパトラ」のイメージは、後の世の創作や、彼女を憎んだ敵国によって作られた「巨大なフェイク」である可能性が非常に高いのです。
今回は、クレオパトラ(正式にはクレオパトラ7世)の「美女伝説の嘘」を暴きつつ、彼女がいかに賢く、いかに必死に国を守り抜いた「世界史トップクラスの天才政治家」であったかをご紹介します。
実は「ギリシャ人」? エジプト最後の王家
まず前提として、彼女のルーツについてお話ししましょう。
「クレオパトラ」は古代エジプトの女王ですが、血統的にはエジプト人ではなく、マケドニア系(ギリシャ系)です。
彼女が属していた「プトレマイオス朝」は、かの有名なアレクサンドロス大王の部下であったギリシャ人の将軍プトレマイオスが、大王の死後(紀元前305年)にエジプトを乗っ取って作った王朝でした。彼らは自分たちの純血を守るため、代々「兄弟姉妹での近親結婚」を繰り返しており、エジプトの文化を見下して、宮廷ではずっとギリシャ語を話していました。
そんな王朝の末期、紀元前69年に生まれたのがクレオパトラ7世です。ちなみに「クレオパトラ」という名前は当時の王族女性にはよくある名前で、彼女は「7人目のクレオパトラ」という意味です。
ぶっちゃけ、本当に美人だったの?
クレオパトラといえば「美女の代名詞」です。フランスの哲学者パスカルも
クレオパトラの鼻がもう少し低かったら(短かったら)、世界の歴史は変わっていただろう
という有名な言葉を残しています。
しかし、古代のコイン(硬貨)や彫像に残された彼女の顔を見て、多くの現代人は戸惑います。そこには、「男性的でゴツゴツした輪郭、突き出た顎、そしてかなり大きな鷲鼻」を持った女性が描かれているからです。少なく見積もっても、現代的な意味での「絶世の美人」とは言いがたい容姿です。
では、なぜ彼女はローマのトップであったカエサルやアントニウスといった、目が肥えているはずの英雄たちをメロメロにできたのでしょうか?
同時代のギリシャの歴史家プルタルコスは、彼女についてこう書き残しています。
彼女の容姿そのものは、見る者を圧倒するほどのものではなかった。しかし、彼女との会話には抗いがたい魅力があり、その振る舞いと知性は、人々の心を完全に惹きつけた。彼女の声はまるで美しい楽器のようだった
つまり、彼女の魅力は「顔」ではなく、「圧倒的なコミュ力」「洗練された教養」「美しい声」だったのです。英雄たちは彼女の顔や体ではなく「頭脳」に惚れ込んだのです。
9ヶ国語を操る「天才オタク女王」
クレオパトラの知性は、古代の王族の中でも群を抜いていました。
歴代のプトレマイオス朝の王たちは、300年もの間エジプトを支配していたのに、誰も現地の言葉(エジプト語)を覚えようとしませんでした。しかし、クレオパトラは一族でただ一人、エジプト語を完璧にマスターし、国民と直接コミュニケーションを取りました。
それだけではありません。彼女はエチオピア語、ヘブライ語、アラビア語、シリア語など、なんと9つ以上の言語を流暢に操り、通訳なしで各国の外交官と渡り合ったと言われています。
さらに、当時の世界最高の学問都市アレクサンドリアの図書館で学び、数学、哲学、天文学、そして錬金術や薬学(毒物学)にも精通していました。アラブの歴史書では、彼女は「男を惑わす女」ではなく「偉大な学者」「科学に貢献した賢人」として記録されています。
「何をした人?」→大国ローマからエジプトを守り抜いた
さて、そんな天才女王クレオパトラの「業績」とは何だったのでしょうか。一言で言えば、「圧倒的な軍事力で世界を飲み込もうとしていた超大国ローマ帝国を相手に、知恵と外交交渉(と同盟)だけで、エジプトの独立を約20年間も守り抜いた」ということです。
当時、エジプトは深刻な財政難と内乱でボロボロであり、いつローマに滅ぼされてもおかしくない「風前の灯」でした。そこで彼女は、ローマの最高権力者であるユリウス・カエサルに目をつけます。有名な「絨毯(じゅうたん)にくるまってカエサルの寝所に潜り込んだ」というエピソードは、敵に包囲された中で彼との極秘の軍事同盟を結ぶための、命がけの「政治的パフォーマンス」でした。
彼女はカエサルの愛人(スポンサー)となり、エジプトの資金力と豊かな穀物を提供することで、エジプトの独立を認めさせました。
カエサルが暗殺された後は、ローマの新たな実力者であるマルクス・アントニウスをターゲットにします。この時も、彼女は愛の女神アプロディテのコスプレをして豪華な船で登場するという、完璧に計算された「ド派手な演出」でアントニウスの心を掌握しました。アントニウスは彼女にぞっこんになり、ローマの領土を勝手にエジプト(クレオパトラの子供たち)にプレゼントしてしまうほどでした。
彼女の恋愛は、決して「女の情念」などではありません。エジプトという国を生き残らせるための、極めて冷徹で計算し尽くされた「命がけの外交戦略」だったのです。
なぜ「悪女」にされてしまったのか?
しかし、クレオパトラの戦略にも限界が来ます。ローマの次期リーダーの座を巡り、アントニウスと、カエサルの養子であるオクタウィアヌス(後の初代ローマ皇帝アウグストゥス)が激突したのです。
オクタウィアヌスにとって、クレオパトラは邪魔以外の何物でもありません。そこで彼は、歴史に残るネガティブ・キャンペーン(情報戦)を展開します。
アントニウスは、エジプトの野蛮で淫らな魔女(クレオパトラ)に洗脳されてしまった! これはローマを守るための正義の戦いだ!
とローマ市民を煽り立てたのです。
紀元前31年、「アクティウムの海戦」でアントニウスとクレオパトラの連合軍は、オクタウィアヌス軍に大敗を喫します。エジプトの首都アレクサンドリアに追い詰められた二人は、もはやこれまでと悟ります。アントニウスは自刃し、クレオパトラもまた、オクタウィアヌスの捕虜となってローマのパレードで見世物にされるという屈辱を拒否し、自ら毒蛇(コブラ)に胸を噛ませて命を絶ったと言われています。享年39歳でした。
これにより、古代エジプト王朝は完全に滅亡し、ローマ帝国の属州(一部)となりました。
まとめ:歴史は勝者によって作られる
私たちが知っている「男をたぶらかして国を傾けた悪女」というクレオパトラのイメージは、勝者であるローマ(オクタウィアヌス)が、自らの正当性をアピールするために書き残したプロパガンダに過ぎません。その「ローマ側から見た都合のいい歴史」が、シェイクスピアの戯曲やハリウッド映画を通じて、現代まで定着してしまったのです。
本当のクレオパトラ7世は、衰退していく祖国を背負い、大国の男たちと対等に渡り合った、並外れた知性と度胸を持つ一流の政治家でした。
「絶世の美女」という肩書きは、確かにインパクトがあります。しかし、その嘘の仮面を剥ぎ取った後に現れる「必死に国を守ろうとした一人の天才女性リーダー」の姿のほうが、ずっと人間臭くて、魅力的だとは思いませんか?
※本記事では英語版も参考にしました




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