スポンサーリンク

【天才の裏の顔】モーツァルトは「うんこ」と「お尻」を愛した? 音楽室の偉人が隠し持っていた爆笑の下ネタ伝説

地理・歴史
この記事のざっくりまとめ
  • ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」といえば、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』や『トルコ行進曲』などで知られる、誰もが認めるクラシック音楽界の超天才です。
  • しかし、高貴で優雅な音楽性とは裏腹に、私生活の彼は「うんこ」や「お尻」「おなら」といった排泄系のシモネタ(スカトロジー)をこよなく愛するという、小学生男子のような一面を持っていました。
  • 従妹に宛てた手紙(通称「ベーズレ書簡」)の中では、「うんこ」という単語を連呼したり、おならの音を文字で表現したりと、歴史上の偉人とは思えないほどふざけた内容を書き綴っています。
  • 驚くべきことにプライベートの手紙だけでなく、友人たちと歌うために『俺の尻をなめろ』というタイトルの声楽作品(カノン)まで本気で作曲して残しています。
  • この奇妙な性癖の原因については、「当時のザルツブルクの庶民的なユーモアだった」という説や、「厳格な父親への反発」「トゥレット症候群などの神経疾患だった」など、現在でも様々な研究が行われています。

学校の音楽室の壁に飾られている、くるくるとした白いカツラを被り、少しすました顔でこちらを見つめる偉人の肖像画。「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)」といえば、神童と呼ばれ、その生涯で600曲以上もの美しく洗練された名曲を世に送り出した、音楽史上最高の天才の一人です。

彼が宮廷で演奏する姿や、貴族たちがその優雅なメロディに酔いしれる様子を想像すると、モーツァルト自身もさぞかし上品で洗練された紳士だったのだろう……と思いますよね。

しかし、もしあなたがタイムマシンで当時の彼に会いに行ったとしたら、その幻想は開始3秒で打ち砕かれるでしょう。なぜなら、実際のモーツァルトは、息を吸うように「うんこ」「お尻」「おなら」といった下ネタを連発する、まるで永遠の小学生男子のような人物だったからです。

今回は、クラシック音楽の歴史書が長年オブラートに包んできた、天才モーツァルトの「人間臭すぎる(そして文字通り臭い)裏の顔」を大公開します。

スポンサーリンク

名曲に隠された衝撃のタイトル『俺の尻をなめろ』

彼が下ネタ好きだったことは、決して後世の人が面白おかしく作った都市伝説ではありません。れっきとした「歴史的資料」として残っています。しかも、あろうことか「自分の作品」として残してしまったのです。

モーツァルトは、友人たちとのプライベートな宴会や酒場で歌って楽しむための声楽作品(カノン)をいくつか作曲しています。その中でも特に有名な(そして音楽学者たちを困惑させてきた)のが、彼が26歳だった1782年頃にウィーンで作曲された次の作品です。

『俺の尻をなめろ(Leck mich im Arsch)』 K.231(382c)

……思わず二度見してしまうタイトルですが、これは立派なケッヘル番号(モーツァルトの作品番号)が付いた公式な楽曲です。

これは「悪口」か、それとも「親愛の情」か?

Leck mich im Arsch(L.m.i.a. と略されることもあります)」という言葉は、直訳すると衝撃的ですが、当時のドイツ語圏では英語の「Kiss my ass(くそくらえ/ふざけんな)」に相当するポピュラーな悪態でした。

ドイツ南部では「シュヴァーベン風の挨拶」とも呼ばれる慣用句であり、文豪ゲーテの戯曲『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』の中にも登場する言い回しです。モーツァルト自身も、手紙の中でこのフレーズを頻繁に使用していました。

狂気と才能の無駄遣い:実際の「歌詞」

しかしモーツァルトは、このお下品な俗語を、ただの冗談では終わらせませんでした。彼はこれを、変ロ長調の極めて優雅で美しいメロディに乗せた「6声のカノン(6人で追いかけるように輪唱する形式)」へと昇華させたのです。

実際の歌詞(ドイツ語と日本語訳)を見てみましょう。

Leck mich im Arsch!(俺の尻をなめろ!)
Lasst uns froh sein!(さあ、楽しくやろうぜ!)
Murren ist vergebens!(愚痴をこぼしても無駄だ!)
Knurren, Brummen ist vergebens,(不平、不満は無駄だ、)
ist das wahre Kreuz des Lebens,(それが人生の本当の十字架[試練]だ、)
das Brummen ist vergebens,(不満は無駄だ、)
Knurren, Brummen ist vergebens, vergebens!(不平、不満は無駄だ、無駄だ!)
Drum lasst uns froh und fröhlich, froh sein!(だから楽しく、陽気に、楽しくやろうぜ!)

出落ちのような強烈な下ネタから始まったかと思えば、突然「不平不満は人生の試練だ」という深い人生の教訓に着地し、最後は「だから楽しく生きようぜ!」とポジティブに締めくくる。

これを、立派な大人たちが6人で美しいハーモニーを奏でながら真顔で輪唱するのです。まさに天才だけがなせる「狂気と才能の無駄遣い」としか言いようがありません。

聖職者との酒盛りでも…

ある日、彼が聖職者であるエミリアン神父と酒を飲んでいた時のことです。神父が「これほど美しい曲はないだろう」とあるカノンを歌い始めました。モーツァルトは3番目の声部で加わったのですが、その際、歌詞をこっそり次のように替えて歌ったと父親宛の手紙に書き残しています。

Pater Emilian, o du schwanz, leck mich im arsch(エミリアン神父、お前はチンポコだ、俺の尻をなめろ)

彼は隣にいた従妹にだけ聞こえるような小声でこれを歌い、その後2人で30分も笑い転げたそうです。

未亡人による隠蔽と、奇跡の「オリジナル発見」

彼の死後、未亡人となった妻のコンスタンツェが彼の遺稿を整理し、楽譜出版社のブライトコプフ・ウント・ヘルテル社に送りました。しかし、この曲のタイトルと歌詞を見た出版社は、あまりの下品さにドン引きしてしまいます。

天下のモーツァルト先生の遺作がこれでは、世間のイメージが崩れてしまう!

そう考えた彼らは、タイトルと歌詞を「喜べ、人生を(Laßt froh uns sein)」という無難で当たり障りのない内容に勝手に改ざんして出版しました。長年、世間の人々はこの「綺麗に漂白されたバージョン」しか知らなかったのです。

ところが、そこから約200年後の1991年。なんとハーバード大学の音楽図書館で、モーツァルト自身が書いたこの曲の自筆譜(手稿のオリジナル)が奇跡的に発見されました。これにより、モーツァルトが込めた本来の「下品な姿」が現代に蘇ったのです。

これ以外にも、『おやすみ、お前は本当に馬鹿だ(おやすみ、うんこ漏らせ)』 K.561 といった、美しいメロディに強烈な歌詞を乗せたふざけた楽曲をいくつも残しています。

従妹への手紙がひどすぎる「ベーズレ書簡」

モーツァルトの下ネタ愛が最も爆発しているのが、彼が家族や親しい人に宛てて書いたプライベートな「手紙」です。彼の書簡の約10%には、何らかの排泄系のジョークが含まれているという分析もあります。

中でも有名なのが、彼が21歳の頃、初恋の相手とも言われる従妹の「マリア・アンナ・テクラ・モーツァルト(愛称:ベーズレ)」に宛てて書いた手紙の数々、通称「ベーズレ書簡」です。現在9通が残されており、そこには韻を踏んだおどけた言葉遊び(ナンセンス文学)とともに、強烈なスカトロジーが散りばめられています。

1777年11月5日、彼がマンハイムからベーズレに宛てた手紙(原文はドイツ語の韻文)を見てみましょう。

Oui, par ma la foi, ich scheiss dir auf d’nasen, so, rinds dir auf d’koi. (ああ、誓って言おう、お前の鼻にウンチをしてやろう、あごまで垂れてくるように。)

さらに、彼は手紙の結びで、まるで子守唄のような詩的な言葉とともに、とんでもない挨拶を書き残しています。

iezt wünsch ich eine gute nacht, scheissen sie ins bett daß es kracht; schlafens gesund, reckens den arsch zum mund (さて、おやすみなさい。ベッドにウンチを出しまくれ、爆音がするほどにな。健やかに眠って、お尻を口元まで突き出せ。)

……天才の思考回路はどうなっているのでしょうか。彼はこのような排泄にまつわるナンセンスな言葉遊びや、「おならの音の擬音語」を、何ページにもわたってびっしりと書き連ねているのです。

モーツァルト家の「伝統」?

実は、このような表現を使っていたのは彼だけではありません。母親のアンナ・マリアも、夫(モーツァルトの父)宛ての手紙の中で、息子の文面とそっくりの詩を書いています。

adio ben mio, leb gesund
Reck den arsch zum mund.
Ich winsch ein guete nacht
Scheiss ins beth das Kracht.
(さようなら私の愛する人、元気でね。
お尻を口まで突き出しな。
おやすみなさい。
ベッドにウンチを出しまくれ、爆音がするほどに。)

どうやらこれは、当時のモーツァルト家特有の「内輪のジョーク」であり、彼にとって親愛の情を示す一種のコミュニケーションツールだったようです。

なぜ彼は「うんこ」ばかり言っていたのか?

美しい音楽の才能と、極端にお下品なユーモア。この激しすぎるギャップについて、後世の精神科医や歴史家たちは「なぜモーツァルトはここまで下ネタに執着したのか?」と真剣に研究を行ってきました。現在、主に以下のような仮説が立てられています。

当時のザルツブルクの「庶民のユーモア」だった

これが最も有力な歴史的見解です。当時のオーストリア南部(特にモーツァルトの故郷であるザルツブルク周辺)の庶民の間では、排泄に関するジョークは現代よりもずっとオープンで、親しい間柄での「気取らない愛情表現」や「日常的な冗談」として広く使われていたという説です。

実際、彼の母親や父親も、手紙の中でたまに(モーツァルトほど過激ではありませんが)似たようなジョークを使っており、モーツァルト家特有の「内輪ノリ」だった可能性が高いです。

「抑圧された環境」からの逃避説

彼は幼い頃から「神童」としてヨーロッパ中を引き回され、厳格な父親レオポルトの強い管理下に置かれていました。常に貴族の前で「完璧で礼儀正しい天才」を演じさせられていた強いストレスが、親しい人に対する手紙の中でのみ、極端に幼児退行的な「うんこ・おしり」といった言葉として爆発していたのではないか、という心理学的な分析です。

トゥレット症候群などの疾患説

一部の医学者は、彼が自分の意思とは無関係に汚い言葉を発してしまう「チック症」の一種である「トゥレット症候群」だったのではないかと主張しています。しかし、彼の下ネタは会話中の突発的な暴言というより、手紙の中で言葉遊びとして「計算して楽しんで書いている」形跡が強いため、この説には否定的な意見も多数あります。

まとめ:天才の人間臭すぎる素顔

「美しさ」の極致を追い求めながら、同時に「汚さ」の象徴のような言葉を愛してやまなかったモーツァルト。

彼は決して、雲の上に住む近寄りがたい神様のような人物ではありませんでした。ビリヤードやダンスが大好きで、借金癖があり、ダジャレや下ネタで友人を笑わせるのが大好きな、非常に感情豊かで「人間臭い」青年だったのです。

教科書の肖像画の裏に隠されたこの破天荒なエピソードを知ると、彼が遺した名曲たちが、少し違って聞こえてきませんか? 軽快に跳ね回るようなあの美しいピアノの旋律の中には、「権威ぶった大人たちを、ユーモアで笑い飛ばしてやる!」という、永遠の悪ガキの無邪気な笑い声が隠されているのかもしれません。

次に『トルコ行進曲』を聴くときは、彼の下ネタに大笑いしていた当時の友人たちの姿を、ほんの少しだけ思い浮かべてみてくださいね。

【参考リンク】
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト – Wikipedia
※本記事では英語版、スペイン語版も参考にしました

スポンサーリンク
地理・歴史言語・文化
シェアする
wikimatomeをフォローする

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました