- 「ヘラクレイトス(Heraclitus)」は、紀元前500年頃に活躍した古代ギリシャの偉大な哲学者です。
- 「万物は流転する(パンタ・レイ)」という言葉や、「同じ川に二度入ることはできない」という名言で知られ、後世の西洋哲学に多大な影響を与えました。
- しかし彼の性格は超がつくほどの「傲慢な人間嫌い」。他人の愚かさを嘆いてばかりいたため「泣く哲学者」と呼ばれ、また言葉が難解すぎたため「暗い哲学者」とも呼ばれていました。
- 人間を嫌って山に引きこもり、草や木の根を食べて生活した結果、「水腫(全身のむくみ)」という重病にかかってしまいます。
- 医者を信用しなかった彼は、体内の水分を熱で蒸発させようと考え、全身に牛の糞を塗りたくり、太陽の熱で乾かそうとした結果、そのまま死んでしまうという、哲学史上最も強烈で悲惨な最期を遂げました。
「万物は流転する(パンタ・レイ)」。
世界は常に変化し続けており、一瞬たりとも同じ状態にとどまることはない。
高校の倫理の授業などで、一度はこの美しい言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。この言葉を残した古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、ソクラテスやプラトンよりも前の時代(ソクラテス以前の哲学者)に生きた、西洋哲学の基礎を築いた超重要人物です。
しかし、彼の残した言葉の美しさや高尚さとは裏腹に、その生涯、とりわけ「その最期(死に様)」は、歴史上の偉人の中でもトップクラスに奇妙で、不潔で、そして衝撃的なものでした。
今回は、偉大なる思想家ヘラクレイトスの極端すぎる人間嫌いな性格と、歴史書に刻まれてしまった「牛の糞にまみれた最期」について、詳しくご紹介します。
「同じ川に二度入ることはできない」
ヘラクレイトスは紀元前6世紀後半、現在のトルコ西岸にあった豊かなギリシャの植民都市エフェソスで生まれました。彼は王族の血を引く非常に高貴な身分でしたが、政治や権力には一切興味を持たず、その地位を弟に譲り渡して哲学の道へと進みました。
彼の哲学の中心にあったのは「火」と「変化」です。 彼は、
この世界を形作っている根源(アルケー)は、常に燃え盛り、形を変え続ける『火』である
と考えました。
そして、彼の思想を最もよく表しているのが、有名な次の言葉です。
同じ川に二度入ることはできない。なぜなら、川に流れ込む水は常に新しいからだ。
目の前を流れている川は、昨日見た川と同じように見えますが、それを構成している「水」は完全に入れ替わっています。人間も社会も宇宙も、静止しているものは何一つなく、絶えず変化し続けている。これがいわゆる「万物は流転する(パンタ・レイ)」という思想です(※「パンタ・レイ」という短いフレーズ自体は後世の人が要約したものですが、彼の思想の核心を突いています)。
人間嫌いの「泣く哲学者」
そんな素晴らしい真理を見抜いたヘラクレイトスですが、彼の人格は決して「穏やかな聖人」ではありませんでした。むしろ、歴史上稀に見るレベルの「傲慢で偏屈な人間嫌い」だったのです。
彼は自分のことを「真理を理解した唯一の天才」だと信じており、自分以外の人間を「何も分かっていない愚か者ばかりだ」と見下していました。先輩の哲学者であるピタゴラスやホメロスのことすら「ただの物知り」「バカ」と痛烈に批判しています。
また、彼の書く文章は謎解きのように難解で分かりにくかったため、同時代の人々から「暗い哲学者」というあだ名をつけられました。
さらに、彼は世間の人々のあまりの愚かさを見るたびに、悲しんで涙を流していたと言い伝えられており(後世の創作も混じっていますが)、笑ってばかりいた哲学者デモクリトスと対比されて「泣く哲学者」とも呼ばれるようになりました。
衝撃の最期:なぜ彼は「牛の糞」にまみれて死んだのか
さて、人間を嫌い抜き、世間を嘲笑し続けたヘラクレイトスは、晩年になるとついに街に住むことすら嫌になり、山奥に引きこもってしまいます。
彼は人間が作った食べ物を拒絶し、草や木の根っこだけを食べて生きるという極端なサバイバル生活を始めました。
しかし、そんな偏食がたたってか、彼は「水腫(すいしゅ)」という重病にかかってしまいます。これは体の中に水が溜まり、全身がパンパンにむくんでしまう恐ろしい病気でした。
命の危険を感じた彼は、仕方なく街に下りてきて医者に診てもらいます。
しかし、ここでも彼の「極度の傲慢さ」が発動します。彼は普通の言葉で症状を説明せず、医者に向かって
おい、お前たちは大雨を干ばつに変えることができるか?
と謎掛けのような質問をしました。もちろん医者たちは「この人は何を言っているんだ?」と困惑し、誰も彼を治療できませんでした。
ヤブ医者どもめ、もう誰も頼らん。自分の病気は自分の哲学で治す!
ヘラクレイトスの哲学によれば、彼を苦しめているのは体内に溜まった「水(湿気)」です。ならば、熱(火)を与えて、その水分を蒸発させてしまえばいい。
そこで彼が選んだ究極の治療法、それは「牛の糞」でした。
発酵している家畜の糞は、強い熱を発します(堆肥が湯気を立てるのと同じ原理です)。ヘラクレイトスは牛舎に行き、なんと自分の全身に大量の牛の糞を分厚く塗りたくり、そのまま太陽の光が当たる場所に寝転がって、天日干しにして水分を飛ばそうとしたのです。
しかし、目論見は完全に外れました。
強烈な太陽の熱で、体に塗りたくった牛の糞はカチカチに乾燥して固まってしまい、彼は身動き一つ取れなくなってしまったのです。
古代の伝記作家ディオゲネス・ラエルティオスなどが記すところによれば、彼の最期にはいくつかの恐ろしい説があります。
- 糞が乾いて固まったせいで、そのまま身動きが取れずに死んでしまった。
- 糞の匂いにつられて集まってきた野犬(あるいは狼)の群れに、人間だと認識されず、生きたまま食い殺されてしまった。
いずれにせよ、偉大なる「泣く哲学者」の最期は、全身を牛の糞でコーティングされたまま孤独に息絶えるという、あまりにも悲惨で滑稽なものでした。
まとめ:死に様すら「哲学の暗喩」だった?
後世の私たちから見れば、彼の死に方は「自業自得のギャグ」のように思えるかもしれません。
しかし、ドイツの研究者たちをはじめとする一部の学者たちは、この奇妙な死の逸話について興味深い見解を示しています。 それは、「このエピソード自体が、彼の哲学思想から後世の人々が作り上げた『作り話(暗喩)』ではないか」という説です。
水腫(水)に苦しみ、糞の熱(火)でそれを乗り越えようとしたヘラクレイトス。彼の哲学の根幹は「火と水」「生と死」といった『対立するものが一つになること(対立物の統一)』でした。 もしかすると古代の人々は、彼の難解な哲学を「不潔な糞と神聖な熱」「水と火」の戦いというドラマチックな(そして少し意地悪な)物語に変換して語り継いだのかもしれません。
真実がどうであれ、彼の残した「万物は流転する」という鋭い洞察は、その後ヘーゲルやニーチェといった偉大な哲学者たちに多大な影響を与え、2500年以上経った現代の私たちにも深い感動を与え続けています。
もし次に川の流れを見つめる機会があれば、美しい水の流れとともに、哲学のために牛の糞にまみれて死んでいった不器用な天才の姿を、少しだけ思い出してあげてください。

【参考リンク】
ヘラクレイトス – Wikipedia
※本記事では英語版、ドイツ語版も参考にしました


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