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【歴史に残る大爆笑】偽エチオピア皇帝事件:世界最強のイギリス海軍をコケにした、若者たちの「究極のイタズラ」

地理・歴史
この記事のざっくりまとめ
  • 偽エチオピア皇帝事件(ドレッドノート・ホークス)」とは、1910年のイギリスで起きた、歴史上最も有名で大胆な「イタズラ(悪ふざけ)」の一つです。
  • イタズラ好きの貴族ホーレス・デ・ヴィアー・コールが、友人たち(後の世界的作家ヴァージニア・ウルフを含む)の顔を黒塗りにして、架空の「アビシニア(エチオピア)の王族」に仕立て上げました
  • 彼らは偽の電報を使って、当時世界最強を誇ったイギリス海軍の最新鋭戦艦「ドレッドノート」を公式訪問するという詐欺を決行しました。
  • 海軍側はすっかり騙され、レッドカーペットを敷き、軍楽隊を動員して最高の礼を尽くして偽王族たちを大歓迎してしまいました。
  • 後日、首謀者のコール自らが新聞社にネタばらしをして写真を提供したため、海軍の面目は丸つぶれに。権威を小馬鹿にした痛快な事件として、イギリス中を大爆笑の渦に巻き込みました

「絶対にバレてはいけない」という極限の緊張感の中で行われるイタズラほど、成功したときの快感が大きいものはありません。

しかし、そのターゲットが「世界最強の軍隊」であり、舞台が「国家の最高機密である最新鋭戦艦」だったとしたらどうでしょう。

1910年のイギリス。大英帝国が七つの海を支配していた時代に、数人の若者たちがイギリス海軍の誇りを文字通り「笑い者」にするという前代未聞の事件を起こしました。

「偽エチオピア皇帝事件」、英語では「Dreadnought hoax(ドレッドノートのイタズラ)」。 一歩間違えれば国家反逆罪にもなりかねないこの壮大すぎるドッキリは、どのようにして計画され、そして成功してしまったのか。

後の大作家まで巻き込んだ、歴史に残るコメディ劇の全貌をご紹介します。

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天才的なイタズラ貴族、ホーレス・デ・ヴィアー・コール

このとんでもない計画の首謀者は、ホーレス・デ・ヴィアー・コールというイギリスの詩人であり、裕福な貴族の青年でした。

彼は生粋の「イタズラ狂」でした。ケンブリッジ大学の学生だった頃には、友人を「ザンジバルのスルタン(君主)」に変装させ、市長に大歓迎のレセプションを開かせたという前科がありました。この成功で味を占めたコールは、さらなる大舞台を求めます。

ターゲットに選ばれたのは、イギリス海軍が誇る当時世界最大の最新鋭戦艦「ドレッドノート」。この戦艦はあまりにも強力だったため、世界の海軍史を「ドレッドノート以前・以後」に分けてしまったほどの伝説的な兵器でした。

コールは、この絶対に素人が立ち入れない国家の最高機密の塊に、「偽の外国の王族として公式訪問する」という途方もない計画を思いついたのです。

「ブルームズベリー・グループ」の仲間たち

エチオピア王族一行に扮したコールたち

コールがこの計画のために集めたメンバーは、当時ロンドンの文化人たちが集う「ブルームズベリー・グループ」の友人たちでした。

その中には、のちに20世紀を代表する女性小説家となる若き日のヴァージニア・ウルフ(当時は旧姓のヴァージニア・スティーヴン)や、画家のダンカン・グラントなどが含まれていました。彼らは全員、白人のイギリス人です。

計画決行の日である1910年2月7日。彼らは演劇用のメイクアップ・アーティストを呼び、顔を真っ黒に塗りたくり、立派な付け髭をつけ、ターバンと派手なローブを身に纏い、「アビシニア(現在のエチオピア)の王子とその随員たち」へと変身しました。コール自身は、彼らを案内する「外務省の役人」を装うためにシルクハットとモーニングコートでビシッと決めていました。

作戦決行! パディントン駅からの偽装工作

彼らはロンドンのパディントン駅へ向かい、コールが駅長に対して

外務省の者だが、アビシニアの王族御一行が海軍港のあるウェイマスへ向かうため、特別列車を手配してくれ!

と尊大な態度で要求しました。VIPの登場に驚いた駅長は、見事にVIP用の特別車両を用意してしまいます。

さらにコールは、友人に頼んで外務省の公式電報を偽造し、ドレッドノートの司令官に対して「本日、アビシニアの王子一行がそちらの戦艦を視察に向かう」という電報を打たせました。

ウェイマスに到着した彼らを待っていたのは、海軍の用意したレッドカーペットと名誉儀仗隊、そして軍楽隊でした。

ここで海軍側に一つのトラブルが発生します。突然の訪問だったため、海軍の軍楽隊は「エチオピアの国歌」の楽譜を持っていませんでした。そこで彼らは、「まあ、アフリカの国だから似たようなものだろう」という適当な判断で、ザンジバル国歌を演奏して王族を大歓迎してしまったのです。(コールたちはもちろんザンジバル国歌など知らないため、威厳たっぷりに聞き入っていました)。

戦艦ドレッドノート艦上でのドタバタ喜劇

ついに、偽の王族たちはドレッドノートに乗艦します。ここからが彼らの真骨頂です。

彼らはエチオピア語など一言も話せません。そこで彼らは、ラテン語やギリシャ語の断片を適当に繋ぎ合わせ、さらにスワヒリ語っぽく響くようにアレンジした「完全なデタラメの言語」で会話をし始めました。

通訳役の男が、そのデタラメ語をもっともらしい英語に翻訳して海軍将校に伝えるという、高度なコントが繰り広げられます。

巨大な主砲や最新の設備を案内されるたびに、偽王族たちは感嘆の声を上げました。彼らが驚きを表すために叫んだ言葉が、「ブンガ・ブンガ!(Bunga, bunga!)」でした。案内する将校たちは、その奇妙な言葉に困惑しながらも、VIPの機嫌を損ねないように必死に丁寧な説明を続けました。

危機一髪のピンチを乗り切る

しかし、艦上ではいくつかのピンチも訪れました。

一つ目は「食事」です。
海軍は彼らのために豪華な歓迎の宴を用意していましたが、コールたちはこれを断固として断りました。なぜなら、彼らの顔の黒塗りは付け焼き刃であり、食事をしてメイクが落ちたり、付け髭がポロリと取れたりしたら一貫の終わりだったからです。彼らは

我々の宗教では、特別な方法で調理されたものしか口にできないのだ

と上手い言い訳をして、食事を回避しました。

二つ目のピンチは「知り合い」の存在です。
なんと、ドレッドノートにはヴァージニア・ウルフのいとこにあたる将校が乗船していました。しかし、真っ黒に塗られ、付け髭で男装した彼女の姿に、いとこは全く気づきませんでした。

約40分間の視察を終え、偽王族たちは再び「ブンガ・ブンガ!」と叫んで海軍に感謝の意を伝え、無事に特別列車でロンドンへと帰り着きました。彼らは誰一人としてバレることなく、世界最強の戦艦から生還を果たしたのです。

大スクープ! 崩れ落ちた海軍の威信

さて、無事にイタズラが成功して大満足……で終わるコールではありませんでした。彼は自分の「最高傑作」を世間に見せびらかしたくてウズウズしていました。

数日後、コールは新聞社『デイリー・ミラー』に事の顛末をすべてタレコミ、記念撮影した偽王族の証拠写真まで提供しました。

翌日の新聞の一面を見て、イギリス国民は大爆笑。そして、イギリス海軍は顔面蒼白になりました。
「あの難攻不落の最新鋭戦艦が、顔を黒く塗った若者たち(しかも一人は女)のデタラメ語に騙されて、中を隅々まで案内してしまった」
という事実は、軍の威信を根底から揺るがす大スキャンダルでした。

議会でもこの問題が取り上げられ、「海軍のセキュリティはどうなっているんだ!」と大問題に発展します。怒り狂った海軍はコールたちを逮捕しようとしましたが、彼らは「ただ見学しただけで、機密情報を盗んだわけでも、物を壊したわけでもない」ため、罪に問う法律がありませんでした。

結局、海軍の将校たちがコールの元へ直接赴き、「君たち、海軍をコケにしたのだから、せめてケツを鞭で叩かせろ」と個人的な報復(?)を行ったというエピソードが残っていますが、公式な処罰は一切下されませんでした。

まとめ

偽エチオピア皇帝事件は、単なる若者の悪ふざけを超えて、当時のガチガチに形式ばったイギリスの階級社会や、大英帝国の「権威」というものがいかに張りボテであるかを、ユーモアの力で鮮やかに暴き出した事件でした。

その後しばらくの間、イギリス海軍の将校たちが街を歩いていると、すれ違う子供たちから「ブンガ・ブンガ!」とからかわれる羽目になったそうです。さらに数年後、本物のエチオピア皇帝がイギリスを公式訪問した際、海軍の歓迎を見た本物の皇帝がエチオピア語で感嘆の声を上げたところ、案内していた海軍将校が「またイタズラではないだろうな」と疑心暗鬼になったという笑い話も残っています。

武力や暴力を使わず、知恵と度胸(とメイク道具)だけで国家権力に一泡吹かせたコールたちの物語は、100年以上が経った今でも、最高のコメディ映画のように私たちの笑いを誘ってくれます。

※本記事では英語版も参考にしました

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