- 「エンドニム(内名)」とは、その土地に住む人々や、その言語を話す人々が、自分たちのことを呼ぶ「自称」のことです。(例:「日本(にほん)」)
- 「エクソニム(外名)」とは、外部の人たちが自分たちの言語のルールや歴史的な経緯に基づいて、他の土地や民族を呼ぶ「他称」のことです。(例:「Japan(ジャパン)」)
- ドイツが「Germany」と呼ばれたり、ギリシャが「Greece」と呼ばれたりするように、世界には自称と他称が全く違う国や地域が数多く存在します。
- エクソニムが生まれる背景には、歴史的な勘違い、発音のなまり、過去の植民地支配による命名など、さまざまな人間ドラマが隠されています。
- 近年では「他人が付けた名前ではなく、自分たちの本来の名前で呼んでほしい」というナショナル・アイデンティティの高まりから、エクソニムを廃止してエンドニムへと変更を求める国(トルコ→「Türkiye(テュルキエ)」など)が増えています。
外国語の勉強をしているとき、ふと不思議に思うことはありませんか?
なぜ私たちは、ドイツ人のことを「ドイツ人」と呼び、英語圏の人たちは「ジャーマン(German)」と呼ぶのに、彼ら自身は自分の国を「ドイチュラント(Deutschland)」と呼ぶのでしょうか。
考えてみれば、私たちの住むこの国だってそうです。私たちは毎日「ニホン」や「ニッポン」と言っているのに、世界中のほとんどの人からは「ジャパン(Japan)」と呼ばれています。国内で「私はジャパン人です」と自己紹介する人は一人もいないにもかかわらず、です。
「自分の名前なのに、他の人からは全然違う名前で呼ばれている」
人間同士の付き合いであれば「ちょっと待って、私の名前はそれじゃないよ!」とトラブルになりそうなこの現象が、世界の国名や都市名においては当たり前のように起きています。この奇妙な「呼び名のズレ」の正体を、言語学や地理学の世界では「エンドニム(Endonym)」と「エクソニム(Exonym)」と呼びます。
今回は、知れば知るほど世界地図が面白くなる、地名とアイデンティティを巡る「名前のミステリー」について深掘りしていきましょう。
内側の名前「エンドニム」と、外側の名前「エクソニム」
まずは、この二つの言葉の意味を整理しましょう。どちらもギリシャ語が語源の学術用語です。
- エンドニム(内名 / Autonymとも)
「Endo(内側の)」+「nym(名前)」。その土地に住んでいる当事者たちが、自分たちの言語で呼んでいる本来の名前です。 - エクソニム(外名 / Xenonymとも)
「Exo(外側の)」+「nym(名前)」。外部の人々が、自分たちの言語や歴史的背景に合わせて勝手に(あるいは自然に)呼んでいる名前です。
最も分かりやすい例が、先ほども挙げたドイツです。
彼らのエンドニムは「Deutschland(ドイチュラント)」です。しかし、英語圏の人々は「Germany」と呼び、フランス人は「Allemagne(アルマーニュ)」と呼び、スペイン人は「Alemania(アレマニア)」と呼び、ポーランド人は「Niemcy(ニェムツィ)」と呼びます。一つの国に対して、周辺の国々がバラバラの「エクソニム」を使い分けている状態です。
国名だけでなく、都市名でも頻繁に起こります。 イタリアの美しい花の都は、現地のエンドニムでは「Firenze(フィレンツェ)」ですが、英語では「Florence(フローレンス)」というエクソニムになります。イギリスの「London(ロンドン)」も、フランス語のエクソニムにかかれば「Londres(ロンドル)」に変わってしまいます。
なぜ「外部からの呼び名」は生まれてしまうのか?
それにしても、なぜ素直に「相手が呼んでいる名前(エンドニム)」に合わせてあげないのでしょうか? エクソニムが生まれるのには、主に以下のような理由があります。
発音のしやすさと「なまり」
最も多いのが、外部の人にとって現地の発音が難しすぎたため、自分たちの言語に合わせて言いやすく変えてしまったケースです。長い年月を経て口伝えされるうちに、どんどん元の音から離れていき、気づけば全く違う単語のように定着してしまいます。
過去の部族名や地理的勘違い
ドイツの例で言えば、古代ローマ人がライン川の東側に住んでいた一部の部族を「ゲルマニ(Germani)」と呼んでいたことが、英語の「Germany」の語源です。また、フランス語の「Allemagne」は、別の部族である「アラマンニ人」に由来します。外部の人間が「あの辺りに住んでいる奴らは、まとめてこう呼ぼう」と大雑把に名付けたものが、そのまま国名として定着してしまったのです。
植民地支配による名残
大航海時代以降、ヨーロッパの列強が世界中を植民地化した際、現地の言葉を無視して、勝手に自分たちの言語で名前を付けてしまうことが多々ありました。たとえば、台湾はポルトガル語で「麗しの島」を意味する「フォルモサ(Formosa)」というエクソニムで長く呼ばれていましたし、インドの「ボンベイ」や「カルカッタ」といった都市名も、イギリスの植民地時代に付けられた英語風のエクソニムです。
「Japan」はどこから来たのか?
では、私たちの「日本」はどうでしょうか。「Nihon / Nippon」というエンドニムが、なぜ「Japan」というエクソニムになったのでしょうか。
これも、伝言ゲームの産物です。 古くは中国大陸で、「日本」という漢字は「ジーペン」や「ジッポン」に近い音で発音されていました。マルコ・ポーロが『東方見聞録』の中で日本を「黄金の国 ジパング(Cipangu)」と紹介したのも、この中国語の発音(呉音など)を聞き取ったためだと言われています。
その後、ポルトガルの宣教師たちが「Japão(ジャパォン)」としてヨーロッパに伝え、オランダ語で「Japan(ヤパン)」となり、それが英語に入って「Japan(ジャパン)」として定着しました。つまり、「Japan」は完全に無関係な名前というわけではなく、「エンドニムが中国やヨーロッパを経由して、壮大な伝言ゲームでなまってしまったエクソニム」なのです。
世界のエンドニムとエクソニムの例
他の国の例も見てみましょう。
まずは、内名と外名(英語)がまったく異なる国をいくつか紹介します。
以下の国々は、日本では外名(英語表記)と似たような発音で呼ばれますが、内名はまったく異なっています。
- アイルランド
内名:Éire(エィレ/エィル:アイルランド語) - アルバニア
内名:Shqipëri(シュチパリ:アルバニア語) - アルメニア
内名:Հայաստան(Hayastan、ハヤスタン:アルメニア語) - エジプト
内名:مِصْرُ(Miṣr、ミスル:アラビア語) - ジョージア
内名:საქართველო(Sakartvelo、サカルトヴェロ:ジョージア語)
日本ではかつてロシア語読みに近い「グルジア」と呼ばれていた時期もありますが、現在では英語読みに近い「ジョージア」と呼ばれています。 - スロバキア
内名:Slovensko(スロヴェンスコ:スロバキア語) - フィンランド
内名:Suomi(スオミ:フィンランド語)
また、内名と外名がまったく異なるうえに、日本では英語以外の発音をもとにした呼び方をする国もあります。
- クロアチア
内名:Hrvatska(フルヴァツカ:クロアチア語)
外名:Croatia(クロエイシャ:英語)
日本語の「クロアチア」はラテン語読みです。 - トルコ
内名:Türkiye(テュルキィェ:トルコ語)
外名:Turkey(ターキー:英語)
日本語の「トルコ」はポルトガル語に由来します。
さらに、国や言語によってまったく異なる名称で呼ばれる国々もあります。
- ギリシャ
内名:Ελλάδα(エラダ:ギリシャ語)
外名:Greece(グリース:英語)、اليونان(al-Yūnān、アル=ユーナーン:アラビア語)、Yunanistan(ユナニスタン:トルコ語)など - ドイツ
内名:Deutschland(ドイチュラント:ドイツ語)
外名:Germany(ジャーマニー:英語)、Allemagne(アルマーニュ:フランス語)、Alemania(アレマニア:スペイン語)、Niemcy(ニェムツィ:ポーランド語)、Németország(ネーメトルサーグ:ハンガリー語)など - ハンガリー
内名:Magyar(マジャル:ハンガリー語)
外名:Hungary(ハンガリー:英語)、Ουγγαρία(ウンガリア:ギリシャ語)、Ungarn(ウンガーン:ドイツ語)、Macaristan(マジャリスタン:トルコ語)など - ポーランド
内名:Polska(ポルスカ:ポーランド語)
外名:Poland(ポーランド:英語)、Polonia(ポロニャ:スペイン語)、Lengyelország(レンゲロアサーグ:ハンガリー語)など
以上の国々は、地域や言語によってまったく異なる名称で呼ばれています。地名や民族が由来となっていることが多いですが、調べてみると面白い事実があるかもしれませんね。
「私たちの名前を返して!」変わりゆく世界地図
近年、このエンドニムとエクソニムを巡る状況に、大きなパラダイムシフトが起きています。
国連地名専門家グループ(UNGEGN)は、「混乱を避けるためにも、できるだけ各国が自称するエンドニムを尊重しよう」という方針を打ち出しています。これに後押しされるように、多くの国が「押し付けられたエクソニムを捨てて、正式なエンドニムを使ってほしい」と世界に向けて声を上げ始めています。
- トルコ→「テュルキエ」
長年「Turkey(ターキー)」と呼ばれてきましたが、英語では鳥の「七面鳥」と同じスペルであり、スラングで「失敗作」といったネガティブな意味を持つことを嫌い、2022年に国連での正式名称を自国語のエンドニムである「Türkiye」に変更しました。 - スワジランド→「エスワティニ」
アフリカ南部のこの国は、2018年の独立50周年を機に国名を変更しました。「スワジランド」は現地語と英語(land)が混ざった植民地時代の残滓(ざんし)であるとして、純粋なエンドニムである「エスワティニ(スワジ人の場所)」に改めたのです。 - キエフ→「キーウ」
ウクライナの首都は、長らくロシア語由来のエクソニムである「キエフ(Kiev)」と呼ばれてきましたが、ロシアによる軍事侵攻などを背景に、ウクライナ語のエンドニムである「キーウ(Kyiv)」と呼ぶ動きが世界中で一気に広まりました。 - グルジア→「ジョージア」
かつて日本で「グルジア」と呼ばれていた国も、ロシア語由来のエクソニムを嫌い、日本政府に対して「ジョージア」へ呼称を変更するよう要請し、実現しています(※ただし、彼らの本当のエンドニムは「サカルトヴェロ(Sakartvelo)」です)。
エクソニムは「悪」なのか?
こうして見ると、「他人が勝手に付けた名前(エクソニム)」はすべて撤廃すべき悪者のように思えるかもしれません。しかし、現実にはそう簡単な話ではありません。
言語というものは、その国の人々にとっての「使いやすさ」が最優先されます。私たち日本人がアメリカ合衆国のことを「アメリカ」や「米国」と呼ぶのも、イギリスを「UK」ではなく「イギリス(ポルトガル語由来のエクソニム)」と呼ぶのも、日本語という体系の中でそれが最も自然で定着しているからです。
もし全世界の地名を厳密なエンドニムに統一しようとすれば、私たちはアラビア語、ロシア語、中国語、アフリカの様々な言語の正確な発音をすべてマスターしなければならず、コミュニケーションが完全に崩壊してしまいます。エクソニムは、異文化同士が不器用ながらもコミュニケーションを取ろうと試行錯誤してきた、「歴史の年輪」でもあるのです。
まとめ
「エンドニム」と「エクソニム」。
この二つの言葉を知ると、世界地図が単なる国境線の集まりではなく、「ある人々が自分たちをどう定義し、他者がそれをどう見つめてきたか」という壮大な心理戦の記録に見えてきます。
「私のことを正しい名前で呼んでほしい」という願いは、国家の尊厳や民族のアイデンティティに関わる切実な叫びです。一方で、私たちがお互いの国を少しなまったエクソニムで呼び合うことの裏には、長い時間をかけて交わされてきた異文化交流の温もりも確実に存在しています。
次に海外のニュースを見るときや、地球儀を回すときは、その国が「本当は自分のことを何と呼んでいるのか」を少しだけ想像してみてください。聞こえてくる「ジャパン」という響きも、また違った味わいを持って耳に届くかもしれません。
※本記事では英語版も参考にしました



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